第三者委員会報告書 第10章 公益通報の観点

第三者委員会報告書 第10章 第三者委員会
  1. このページについて
  2. 調査報告書(文字起こし) 第10章
    1. 第10章 公益通報などの観点から見た場合の県の対応の問題点について
      1. 第1 本件の経緯
        1. 1 本件文書の配布と齋藤知事の入手
        2. 2 本件文書作成者に関する調査
        3. 3 4月4日の公益通報後のこと
        4. 4 懲戒処分
        5. 5 4月4日の公益通報の調査結果
      2. 第2 公益通報者保護法とその関連法規等
        1. 1 はじめに
        2. 2 保護法
          1. (1) 目的
          2. (2) 公益通報の定義
          3. (3) 1号通報、2号通報、3号通報(3条、6条)
          4. (4) 不利益取扱いが禁止されるための保護要件(5条、3条)
          5. (5) 事業者がとるべき措置(11条)
          6. (6) 県への適用(9条)
        3. 3 指針
          1. (1) 指針とその解釈の位置づけ
          2. (2) 公益通報者を保護する体制の整備(指針第4の2)
        4. 4 兵庫県職員公益通報制度実施要綱
      3. 第3 本件文書の作成・配布行為に対する兵庫県の対応の適否
        1. 1 序
        2. 2 本件文書の作成・配布行為の公益通報該当性
          1. (1) 通報対象事実要件充足の有無
          2. (2) 「不正の目的」について
        3. 3 齋藤知事と片山元副知事ら利害関係者が関与したことの適否
        4. 4 本件通報者探索行為の適法性
          1. (1) メール調査と元西播磨県民局長らへの事情聴取について
          2. (2) 公用パソコンの引上げ行為について
        5. 5 本件3月27日付け人事の適法性
          1. (1) 退職を保留し、県民局長の職を解いた点について
          2. (2) 等級が下がったことについて
        6. 6 本件懲戒処分の違法性
          1. (1) 検討の対象となる諸点
          2. (2) 特定事由
          3. (3) 通報対象事実の真実相当性
          4. (4)処分理由①について
          5. (5) 処分理由②ないし④について
          6. (6) まとめ
      4. 第4 元副知事に対する要請行為について
      5. 第5 本件内部通報に対する対応について
      6. 第6 知事の令和6年3月27日の記者会見における発言について
  3. 次のページ

このページについて

当ページには、告発文書の内容の真偽を確認する「文書問題に関する第三者調査委員会」が2025/3/19に公表した調査報告書の、「第10章 公益通報の観点」について文字起こしを掲載しています。

当報告書の全容は、以下リンク先を参照ください。

青文字やカッコ書きの人名・地名等は、当ブログ管理人が推測で補った箇所です。

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調査報告書(文字起こし) 第10章

第10章 公益通報などの観点から見た場合の県の対応の問題点について

第1 本件の経緯

齋藤知事が本件文書に関する情報を入手した後、元西播磨県民局長の懲戒処分に至るまでに県がとった対応の問題点を検討するに当たり、まず、本件の経緯を見ておく。関係者証拠及び関係者のヒアリング結果によって認められる本件の経緯は、概略、次のとおりである(以下、第10章においては、年の記載は、特に断らない限り令和6年である)。

1 本件文書の配布と齋藤知事の入手

(1) 本件文書は、令和6年3月12日付けで匿名文書として作成され、国会議員、兵庫県議会議員、マスコミ及び県警本部宛の計10か所に配布された。

しかし、同月27日の齋藤知事の記者会見前には、マスコミ等から県当局に対して本件文書に関する問合せ等はなかった。

(2) 齋藤知事は、3月20日、知人(私人)から本件文書の存在と内容を知らされた。

齋藤知事は、本件文書を見た時の感想として、本調査委員会の調査においても、「本件文書に県内の企業名や金融機関名などが多数記載され、しかも齋藤知事、片山元副知事をはじめとする一部の県職員の実名が表記され、また、企業等については贈収賄罪等の違法行為があるかのような表現内容になっていたため、一般に流布されると県政に重大な悪影響が出るとの危機感を持った」旨述べている。

2 本件文書作成者に関する調査

(1) 3月21日、齋藤知事、片山元副知事とB氏、C氏、D氏の5人で、本件文書への対応策が協議された。その場では、誰が本件文書を作成したのかも話題になり、文書の内容から自転車に詳しく、しかも、上記メンバーが読めば自分たちを暗に批判しているのではないかと思われるような文章を県ホームページの県民局長だよりに掲載したことなどから、元西播磨県民局長が作成した可能性があるということになった。そのため、まずは元西播磨県民局長の1年分のメール履歴を調査することになり、同日夜、B氏が人事職職員にその旨を指示した。

メール調査の対象は、最初は元西播磨県民局長のみであったが、それに協力した可能性のある者として同月22日にも3人が追加され、翌23日には更に5人が追加された。

(2) 3月23日には、齋藤知事、片山元副知事、B氏及びC氏が人事当局と対応(文書作成者の調査)について協議した。前日のメールデータ調査により本件文書の作成者が元西播磨県民局長である可能性がかなり高まっており、齋藤知事を交えての協議の後、副知事室でB氏、C氏と人事当局者の4人が協議をした。この協議は片山元副知事が主導して行われ、メールの内容から元西播磨県民局長ほか2名から事情聴取をすることになった。その方法は、3班体制で、同月25日午前中に同時に各職場へ行くというもので、担当スタッフへ公用パソコン引上げなどの具体的な段取りが決められた。その現地調査の内容を3月23日中に人事当局者が人事課職員らに口頭で伝えたところ、人事課職員の1人がこれを手控え資料としてまとめた(これが「調査指示書」として報道されたものである。)。

(3) 3月25日、西播磨県民局長には片山元副知事と人事職職員が調査に赴いた。元西播磨県民局長は、本件文書を作成したことは認めたが、配布したことは否認した。片山元副知事が「公用パソコンを引き上げさせてもらう」と言った際には、元西播磨県民局長は拒否の態度を示さなかった。パソコンに差し込まれていた私物のUSBメモリは、その場で元西播磨県民局長自身に取り外させた。人事課職員が、調査から県庁への帰路、引き上げた公用パソコンの中身を確認したところ、本件文書と同内容の文書のデータの存することが確認された。

同日午後1時45分頃、元西播磨県民局長は人事当局に電話をし、「全部自分1人でやった」、「うわさ話を集めて書いただけ」と述べた。

同日夕方、片山元副知事は、人事当局局長に対し、「元西播磨県民局長のパソコンからいろんなデータが出てきた。公用パソコンで作業するような内容ではないものもあるので、懲戒処分を検討する」と話し、「県民局長の職を解いて、総務部付にするよう」指示した。片山元副知事は、齋藤知事にも同様の説明をして了承を得た。

(4) 元西播磨県民局長は当時60歳(定年は61歳)、3月31日付けでの退職を希望しており、許可されれば、民間団体に再就職する予定であった。しかし、本件文書の作成・配布行為が発覚したことから、県は、3月27日付けで、「退職を認めず、県民局長の職を解いて総務部付にする」ことにし、同日、片山元副知事から元西播磨県民局長に上記の辞令を交付した。その際、片山元副知事が「職員として残ってもらい、調査させてもらう」と言ったのに対し、元西播磨県民局長長は「きちんと調査してほしい」と返答した。

3月27日はその後に齋藤知事の記者会見が予定されていたので、人事職は予め、記者から「本日付けで、元西播磨県民局長が異動になった理由は何か」という質問が出た場合の回答として、「県民局長としてふさわしくない行為があり、そのことを本人も認めているため、本日付けで県民局長の職を解くこととした」、「人事課から事前に説明したとおり、現時点においてこれ以上のことを申し上げることはできない」という想定問答を用意した。これに対して、齋藤知事は、記者会見前に片山元副知事とB氏を呼んで、「この文書は、名誉毀損で法的に問題のある文書だから、流布しないように注意喚起したい」と言った。そして、自らが考えた発表内容をパソコンで作成して片山元副知事とB氏に送信した。ただし、実際の会見においては、片山元副知事らに送信したものには無い、「うそ八百」、「公務員失格」などの発言がなされたので、幹部職員はみな驚いた。この齋藤知事の会見直後に、当時総務部長であったB氏が、発言によってもたらされる混乱を収束する方策として、教育次長としての経験に基づき、齋藤知事に対して、「第三者による調査という方法もある」旨述べたが、齋藤知事からの前向きな反応はなかった。この点について、齋藤知事は、B氏から第三者による調査に関する話を聞いていないと述べるが、B氏の証言は職歴に基づく具体的なものであることや、複数の幹部の証言が一致していることから、B氏からは上記のような発言があったものと認められる。

その後、上記齋藤知事の記者会見に対ける発言がきっかけで問題が大きく取り上げられるようになり、マスコミが注目するようになった。

(5) 人事課では、3月25日以降、本件文書の真偽と関与者の有無を調査し、元西播磨県民局の事情聴取等が行われた。

同月31日にSNSで兵庫県議会議員の1人が本件文書の作成配布が公益通報に該当する可能性に触れていたことから、人事課も公益通報者保護法との関係を意識するようになり、4月1日、人事課職員が特別弁護士に公益通報として取り扱う必要性の有無について相談に行った。その際の特別弁護士の回答は、「公益通報の手続がされていないので、公益通報として扱う必要はない」というものであった。

3 4月4日の公益通報後のこと

(1) 元西播磨県民局長は、4月4日、庁内の窓口に文書で公益通報をし、それをマスコミに発表した。その具体的な通報内容は、本調査委員会の調査によっても判明しなかったものの、本件文書の各項目のうち、五百旗頭氏に係るものを除いてすべての項目に係る事項が記載されていた。

その当時、人事当局では、公益通報の調査は早くても5月末までかかるだろうとの見通しを立てて、「公益通報の調査結果が出るまでは懲戒処分ができない」と、B氏、C氏に進言した。それに対して、C氏からは、一旦は、「そのスケジュール案で齋藤知事も了解」との返答があったが、4月中旬頃にはマスコミが本件文書に関する報道を連日のよう大きく取り扱うようになり、知事の定例記者会見でもこの話題に時間を割かれてしまうことが増えていったためか、齋藤知事は、「風向きを変えたい」と言って懲戒処分の時期を早めるように指示した(齋藤知事は、この発言をしたことを否定しているが、元側近幹部職員が証言するところであり、その当時齋藤知事が置かれていた状況に照らすと、この職員の証言は信用できる。したがって、齋藤知事からこのような発言があったものと認められる。)。そこで、C氏は、同月17日、齋藤知事からの指示として、「4月24日に懲戒処分を行い、人事当局から発表するよう」人事課に伝えた。人事課では、特別弁護士に、懲戒処分を先行することは公益通報との関係で問題がないかを相談したところ、「制度が別なので、懲戒の事実確認をきちんとして、調査の結果懲戒相当になれば、問題はない」との回答を得た。

人事課は、4月24日に懲戒処分を行うのは調査との関係で日程的に無理であるとして拒んだが、その後もC氏を通じて齋藤知事の意向を確認しながら処分時期について検討を重ねていた。その結果、C氏の「齋藤知事からゴールデンウィーク明けの5月7日でできないかと指示された」との言葉を受けて、記者発表に同席予定の特別弁護士のスケジュールを確認した上で、同月7日に懲戒処分を行い、その後同日に記者発表をすることが決まった。また、翌日8日には齋藤知事の記者会見が行われた。

人事課の調査は、文書内容の真偽を関係職員へのヒアリングを中心に確認するというもので、4月30日には齋藤知事に事前聴取をし、B氏、C氏、人事当局が調査結果を齋藤知事に報告した。懲戒処分の原案は、人事課において作成したが、処分理由(非違行為)が4件あるので、過去の処分事例を踏まえ、それぞれの理由についての量定をした上で、これらを積み上げる方式で全体に対して「停職3月」の処分案を決めた。なお、この処分理由と処分内容の案も、事前に齋藤知事に報告されていた。

(2) 上記(1)の処分案を審議するため、5月2日に綱紀委員会が開催された。

その席上、委員から、本件文書に名前の挙がっているC氏が綱紀委員長を務めることは問題がないのかとの質問があったが、C氏は、「人事当局が調査結果に基づき判断した量定案の妥当性について、委員長として判断するだけである」旨回答し、そのまま委員長としての職を続けた。また、公益通報の調査結果を待たずに本件文書を誹謗中傷文書と断定して懲戒処分をするのは問題はないのかとの質問には、人事課職員から、「当初、公益通報を行う目的で本件文書を作成・配布したのではない。後に公益通報を行ったからといって、当初の文書作成行為が遡って公益通報として保護されるわけでないことは弁護士に確認済みである」との回答がなされた。

4 懲戒処分

県は、綱紀委員会の意見に基づき、5月7日、元西播磨県民局長を「停職3月」の懲戒処分にした。その処分理由は、①誹謗中傷文書(本件文書)の作成・配布行為、②人事データ専用端末の不正利用(人事課管理職時に、特定の職員の顔写真データに関し、業務上の端末を不正に利用するとともに、個人情報を不正に取得し持ち出した)、③職務専念義務違反行為(平成23年から14年間にわたって、勤務時間中に計200時間程度、多い月で1日3時間、公用パソコンを使用して業務と関係ない私的な文書を多数作成した)、④ハラスメント行為(令和4年5月、次長級職員に対してハラスメント行為を行い、著しい精神的な苦痛を与えた)というもので、そのうちの②から④の理由3件は、3月25日に引き上げた公用パソコン内のデータから判明したものであった。

5 4月4日の公益通報の調査結果

公益通報を担当する企画部県政改革課では、「兵庫県職員公益通報制度実施要綱」に則って手続きを行い、関係者への聞き取りなどの調査を進めていったが、秘密性を重視する制度の立て付けどおりに、調査の進捗状況について、人事課との間での情報共有はなかった。

公益通報に関する調査は通報直後から進められ、7月中旬に齋藤知事に調査結果等が報告されたが、その後是正措置等対応案の作成を検討しているうちに、齋藤知事が失職するなどの出来事があった。そのため、調査結果と是正措置の公表は、12月11日となった。

なお、調査結果の内容は、企業などからの贈答品の受領については、慣例で職員ら個人の判断に委ねられてきたとする一方、齋藤知事のパワハラ疑惑については、強く叱られた職員はいたが、パワハラの確証は得られなかったというものであった。そして、是正措置として、前者については、齋藤知事ら特別職も対象としたガイドラインの策定が、後者については、齋藤知事や幹部へのハラスメント研修の充実がそれぞれ提言された。

県では、改善策として、まず、県職員が公益通報できる外部窓口を12月16日から県内の弁護士事務所に置くことにしたほか、上記提言を受けて、物品受領ルールの明確化(財務規則の改正とガイドラインの策定)や、組織マネジメント力向上特別研修の実施などの改善策を探ることにした。

第2 公益通報者保護法とその関連法規等

1 はじめに

本件では、元西播磨県民局長が自身で作成した本件文書を外部機関(マスコミ等)に配布し、さらに、4月4日に本件文書とほぼ同じ項目を内容とする文書により県に内部公益通報をしたことから、本件文書を入手した後の県の対応をめぐって、「公益通報者保護法」(以下「保護法」という。)及び「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(令和3年内閣府告示第118号、以下「指針」という。)の適用と解釈が問題になる。そこで、以下では、まず、保護法及び指針の各規定とその趣旨について説明をしておく。

また、兵庫県には、独自の公益通報制度が設けられており、その実施に関して「兵庫県職員公益通報制度実施要綱」が定められているので、本件に関連する範囲で、併せて説明をする。

2 保護法
(1) 目的

保護法は、事業者の法令違反行為を内部や外部に通報した労働者・退職者・役員などを保護する法律であり、公益通報者の保護を図るとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的とする(1条)。

(2) 公益通報の定義

保護法にいう「公益通報」とは、労働者・退職者・役員などが、不正の目的ではなく、役務提供先における、「通報対象事実」が生じ、又はまさに生じようとしている旨を、役務提供先、行政機関、又は発生・被害拡大防止に必要な者に通報することである(2条1項参照)。

なお、「通報対象事実」とは、国民の生活・身体・財産等の保護に関する法令(約500本)が規定する刑事罰又は過料が課せられる行為等である(2条3項参照)。

(3) 1号通報、2号通報、3号通報(3条、6条)

保護法によって保護される通報については、通報先の違いによる区別があり、3条と6条に規定される号の番号によって、次のとおり、1号通報、2号通報、3号通報と呼ばれることがある。そこで、以下においても、この通報で論じることとする。なお、2号通報は、本件においては問題とならないので、必要のない限り省略する。

ア 1号通報

当該役務提供先等に対する公益通報

イ 2号通報

当該通報対象事実について処分又は勧告等をする権限を有する行政機関等に対する公益通報

ウ 3号通報

その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡⼤を防⽌するために必要であると認められる者(報道機関等)に対する公益通報

(4) 不利益取扱いが禁止されるための保護要件(5条、3条)

保護法5条では、公益通報者が3条各号に定める公益通報をしたことを理由として、当該公益通報者に対して、降格、減給等の不利益な取扱いをすることを禁止している。

そして、同条が引用する3条各号では、それぞれ公益通報の保護要件を定めているところ、下記イの3号通報にいう、「通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があること」を「真実相当性」という。

ア 1号通報

通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料する場合

イ 3号通報

保護法3条3号は、次のような規定になっている。

(保護法抜粋)

第3条

3号 通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があり、かつ、次のいずれかに該当する場合 その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に対する公益通報

  • イ 前2号に定める公益通報をすれば解雇その他不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある場合
  • ロ 第1号に定める公益通報をすれば当該通報対象事実に係る証拠が隠滅され、偽造され、又は変造されるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由がある場合
  • ハ 第1号に定める公益通報をすれば、役務提供先が、当該公益通報者について知り得た事項を、当該公益通報者を特定させるものであることを知りながら、正当な理由がなくて漏らすと信ずるに足りる相当の理由がある場合

以下略

(5) 事業者がとるべき措置(11条)

保護法11条は、事業者に対して、公益通報対応業務に従事する者を定めること、公益通報者の保護を図るとともに、公益通報の内容の活用により国民の生命、身体、財産その他の利益の保護に関わる法令の規定の遵守を図るため、適切に対応するために必要な体制の整備を行うことを義務づけている(1項、2項)。

ただし、事業者がとるべき措置の具体的な内容については、各事業者の事業や組織の実情に応じて異なることから、あらゆる業種の事業者を対象としている保護法で一律に規定することには困難である。そこで、上記義務に関して公益通報者の保護に関する事務の主任大臣である内閣総理大臣が指針を定めることとした(4項)。

(6) 県への適用(9条)

保護法9条は、その前段において、「一般職の地方公務員に対する免職その他の不利益な取扱いの禁止については、第3条から第5条までの規定にかかわらず、地方公務員法の定めるところによる」とする一方、後段において、「地方公共団体は、第3条各号に定める公益通報をしたことを理由として一般職の地方公務員に対して免職その他不利益な取扱いがされることのないよう、地方公務員法の規定を適用しなければならない」とする。

したがって、一般職の地方公務員については、保護法3条から5条の規定は直接適用されないが、地方公共団体は、同法9条後段により、第3条各号に定める公益通報をしたことを理由として免職その他の不利益取扱いをすることを許されないから、一般職の地方公務員も、保護法9条後段を通じ、同法3条から5条の規定と同内容の保護を受けることになる。そこで、以下においては、保護法3条から5条の規定が問題となる場合、一般職の地方公務員には上記条文の適用がないことについて断りをすることなく、その条文の問題としてこれを論じることとする。

なお、保護法第11条については、一般職の地方公務員への適用を除外しない。このため、11条にある公益通報者の保護及び事業者の取るべき措置(体制整備義務等)については、民間事業者だけでなく、地方公共団体と一般職地方公務員の関係でも直接適用される。

3 指針
(1) 指針とその解釈の位置づけ

ア 指針について

前述のように、保護法11条4項が定める事業者がとるべき措置の具体的な内容を保護法で一律に規定することは困難であることから、公益通報者保護事務を所管する主任である内閣総理大臣が保護法11条4項に基づいて指針を定めたのであり、保護法の一部を指針の形で構成しているため、いわゆる法定指針に当たる。

この点につき、消費者庁は、県議会からの質問に対して、指針は法令の一部であると回答しており、指針に違反する行為はすなわち法令に違反する行為であることは明らかである。

イ 指針の解説について

指針の策定に当たって設置された「公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会」の報告書では、指針の策定に加えて、事業者が指針に沿った対応を取るに当たり参考となる考え方や、想定される具体的取組事項等を示す解説を作成することを提言していた。そこで、消費者庁は、令和3年10月、「公益通報者保護法に基づく指針」(令和3年内閣府告示第118号)の解説(以下「指針の解説」という。)を公表した。

そのため、指針の解説は、法規そのものではないが、いわば政府の公的解釈であり、問題となる各事案に即して指針の規定を解釈する上で重要な意味を持つ。

(2) 公益通報者を保護する体制の整備(指針第4の2)

ア 指針の規定

次のとおり定められている。

本件で直接に関係するのは第4の2であるが、下記のとおり、その1は「内部公益通報受付窓口」、3は「内部公益通報対応体制」という文言を用いているのに対し、2では「公益通報者」として内部公益通報に限定しない文言が用いられている。また、同指針「第2 用語の説明」では、「公益通報」とは保護法2条1項に定める「公益通報」をいい、内部公益通報(1号通報)だけでなく外部公益通報(2号、3号通報)を含むと記されており、「公益通報者」とは保護法2条2項に定める「公益通報者」をいい、公益通報をした者をいうとされている。さらに、範囲外共有の禁止、通報者の探索については、3号通報につき保護要件を具備していることを要件とする定めは、保護法にも指針にも存在しない。したがって、3号通報の範囲外共有の防止、通報者の探索については、3号通報該当性があれば、保護要件の有無にかかわらず禁止されていると解するのが相当である。

(指針抜粋)

第4 内部公益通報対応体制の整備その他の必要な措置(法第11条第2項関係)

1 事業者は、部門横断的な公益通報対応業務を行う体制の整備として、次の措置をとらなければならない。

  • (1) 略
  • (2) 組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置
    内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に係る公益通報対応業務について、組織の長その他幹部に関係する事案については、これらの者からの独立性を確保する措置をとる。
  • (3) 略
  • (4) 公益通報対応業務における利益相反の排除に関する措置
    内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関し行われる公益通報対応業務について、事案に関係する者を公益通報対応業務に関与させない措置をとる。

2 事業者は、公益通報者を保護する体制の整備として、次の措置をとらなければならない。

  • (1) 不利益な取扱いの防止に関する措置
    • イ 事業者の労働者及び役員等が不利益な取扱いを行うことを防ぐための措置をとるとともに、公益通報者が不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置をとり、不利益な取扱いを把握した場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
    • ロ 不利益な取扱いが行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。
  • (2) 範囲外共有等の防止に関する措置
    • イ 事業者の労働者及び役員等が範囲外共有を行うことを防ぐための措置をとり、範囲外共有が行われた場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
    • ロ 事業者の労働者及び役員等が、公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合を除いて、通報者の探索を行うことを防ぐための措置をとる。
    • ハ 範囲外共有や通報者の探索が行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。

3 事業者は、内部公益通報対応体制を実効的に機能させるための措置として、次の措置をとらなければならない。

以下略

イ 3号通報への適用について

(ア)指針の解釈には、次の記載があり、指針第4の2に関して、いわゆる1号通報(内部公益通報)だけでなく、2号通報及び3号通報(外部公益通報)についても、不利益な取扱いの防止、範囲外共有や通報者探索の防止の必要があることが記載されている。

(指針の解説解釈「第3」Ⅱ2(1)③ 抜粋)

法第2条に定める「処分等の権限を有する行政機関」や「その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」に対して公益通報をする者についても、同様に不利益な取扱いが防止される必要があるほか、範囲外共有や通報者の探索も防止される必要がある。

(イ)この点につき、指針第4の表題が「内部公益通報対応体制の整備その他の必要な措置」となっていることから、指針第4の全体が内部公益通報のみを対象としているようにみえることを指摘する者もある。

しかし、第4の1と3はその文言上も内容としても1号通報を対象としたものであると解されるが、同2については、1号通報者に限定しない「公益通報者」という表現がなされていることや、上記(ア)の指針の解釈の記載に照らし、1号通報のみならず3号通報をも対象とする規定であることは明らかである。

4 兵庫県職員公益通報制度実施要綱

県では、保護法の趣旨に即し、県職員等からの業務遂行に当たって知り得た法令違反、職務上の義務違反等についての通報を処理する制度の実施に関し、必要な事項を定めることにより、法令遵守の徹底を図り、もって県民の公益の保護に資することに、組織の活性化及び健全化を図り、より透明で公正な県民に信頼される県政を推進することを目的として、「兵庫県職員公益通報制度実施要綱」が定められている(添付資料12、13)。

同要綱は、保護法に基づき公益通報に対応するための窓口の設置、調査の実施や通報者の保護などについて定めたものである。なお、通報対象事実については、保護法よりも拡大し、刑事罰又は過料の課せられる行為に限定せず、①法令違反の事実、②職務上の義務違反の事実、③前2号に準ずるものとして、県政を推進するに当たり県民の信頼を損なうおそれのある事実とされている。

第3 本件文書の作成・配布行為に対する兵庫県の対応の適否

1 序

(1) 元西播磨県民局長の行為のうち、公益通報と評価される可能性があるのは、次の3つである。

  • ア 令和6年3月12日付けで本件文書を作成し、そのころ、国会議員、兵庫県議会議員、マスコミ及び兵庫県警察本部の計10か所に配布した行為(以下「本件文書の作成・配布行為」という。)
  • イ 同月27日、片山元副知事に対し、「きちんと調査してほしい」と述べた行為(以下「元副知事への要請行為」という。)
  • ウ 同月4月4日、兵庫県職員公益通報制度実施要綱に基づき、庁内の窓口に公益通報であるとして文書を提出した行為(以下「本件内部通報」という。)

(2) 上記に対する兵庫県の対応として問題となるのは、次の諸点である。

  • ア 本件文書において問題とされた当事者がその後の対応に関与した点
  • イ 令和6年3月21日から同月25日までに行われた本件文書を作成し配布した者を探索した行為(以下「本件通報者探索行為」という。)
  • ウ 令和6年3月27日付けで元西播磨県民局長に対し、同月31日をもっての退職を認めず、県民局長の職を解いて総務部付とした行為(以下「本件3月27日付け人事」という。)
  • エ 令和6年5月7日、元西播磨県民局長に対し、本件文書の作成・配布行為を含め、停職3か月の懲戒処分を行った行為(以下「本件懲戒処分」という。)

(3) そこで、第3においては、①本件文書の作成・配布行為が公益通報(3号通報)と評価しうるか、②本件通報者探索行為は適法か、③本件3月27日付け人事を行ったことは適法か、④本件懲戒処分は適法なものとして有効かを検討する。

片山元副知事への要請行為については、4月4日の本件内部通報に先んじて、これを独自に内部公益通報として扱うべきかとの問題があるが、この点については第4で、本件内部通報に係る問題については第5で、必要に応じ、論じることする。

2 本件文書の作成・配布行為の公益通報該当性

本件文書は、マスコミ等に配布されたものであって、庁内の窓口に内部公益通報されたものではない。そこで、まず、その行為が3号通報として保護の対象となる公益通報に該当するかを検討する。元西播磨県民局長は、兵庫県に勤務する一般職の地方公務員(労働者)であるから、保護法において適用されるのは、2条のほかには、3条、5条、9条後段及び11条である。

(1) 通報対象事実要件充足の有無

ア 本件行為が公益通報に該当するためには、まず、保護法2条3項の「通報対象事実」(通報の対象となる法令違反行為)の要件を充たしていることが必要である。

保護法2条3項は、通報対象事実を、一定の法令違反行為(保護法や政令で定められた法律に違反する犯罪行為若しくは過料対象行為、又は最終的に刑罰若しくは過料につながる行為)に該当する事実に限定している。文書に通報対象事実が記載されているかの判断は、文書内容自体から行うとされているが、現実の通報においては、通報の時点では抽象的な内容や事実を伝えることにとどまるこが多いことに照らすと、問題となる犯罪行為等の構成要件のすべてを伝えていなければ公益通報に該当しないというのは社会通念上相当ではない。構成要件の一部を主張していればよいと解するのが相当である。

イ そこで、本件の場合、本件文書の記載内容自体に犯罪行為、すなわち刑法違反(横領罪、背任罪、暴行罪、傷害罪等)になり得る事実の記載があるかどうかが問題となる。

本件文書の7項目をそれぞれ順に見ていくと、事項1(ひょうご震災記念21世紀研究機関の人事をめぐる問題)、事項2(令和3年7月に実施された兵庫県知事選挙をめぐる問題)、事項3(令和7年施行予定であった兵庫県庁知事選挙の事前運動をめぐる問題)及び事項5(令和5年7月に開催された政治資金パーティーをめぐる問題)は、いずれも通報対象となる法律に違反する事実を含んでいないから、保護法の「通報対象事実」ではない。

これに対し、事項4(贈答品に係る問題)のうち例1〜4のコーヒーメーカー、ロードバイク、ゴルフのアイアンセット及びスポーツウェアに関する各記載内容は、その文面上に、県の利害関係者から齋藤知事個人への贈呈であること、「見返り」、「贈収賄」や「特定企業との癒着」という表現があることから、刑法の贈収賄罪が問題になることを指摘している。

また、事項6(令和5年11月に実施されたプロ野球球団優勝パレードをめぐる問題)は、「信用金庫への県補助金を増額し、それを募金としてキックバック」の事実が記載されていて、その文面上から、刑法の背任罪が問題になることを指摘している。

さらに、事項7(職員に対する言動ないし対応の適否)について検討すると、保護法2条3項の別表上、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(いわゆるパワハラ防止法)」が通報対象となる法律として挙がっているところ、パワハラ防止法は、現時点で刑罰規定又は過料規定がある法律ではない。しかし、本件文書の事項7の末尾には、「これからますます病む職員が出てくると思われる」とか、「(職員からの訴えがあれば)暴行罪、傷害罪」との記載があり、調査をすれば、刑法の暴行罪、傷害罪等が成立するほどの問題性の大きいパワハラ行為が顕在化する可能性が指摘されている。

したがって、本件文書の記載内容のうち、事項4、同6及び同7は、3号通報の「通報対象事実」の要件を充たしている。

ウ 多数の通報内容が1通の文書に記載されている場合の取扱い

本件では、本件文書に記載されている7項目のうち、3項目は「通報対象事実」に当たるが、残る4つの事項は、これに当たらない。

このように1通の文書中に複数の項目があり、通報対象事実に該当する部分とそうでない部分がある場合、これらを一体的に1つの通報として扱うか、文書中の通報対象事実に言及した部分のみを通報事実毎に個別の通報として取り扱うべきかを検討する。

通報対象事実は、それぞれ個別に扱うのが基本である。しかし、1通の文書中に通報対象事実に該当する部分と該当しない部分が混在している場合、該当しない事項について通報者の探索を許せば、結局、本来は探索が許されない事項についても通報者が特定されることになる。仮に通報対象事実が1つだけで他の事項すべてが非該当事項であった場合でも、通報者を保護し、法令の遵守を図るという保護法の趣旨とその目的に鑑みれば、保護法は通報者の探索を禁じていると解するのが相当である。

他方、解雇の効力や不利益取扱い禁止の局面においては、通報対象事実に該当する事項だけを保護すれば保護法の目的は達成することができる。

したがって、1通の文書中に通報対象事実に該当する事項と該当しない事項が混在している場合、事業者は、文書に記載されている事項のいずれについても通報者の探索は許されないが、不利益取扱いについては、個別に対応することができると解するのが相当である。

エ 以上より、本件文書での7項目の記載のうち3項目がその要件を充たすことから、本報告書では、事項ごとに個別に対応を考慮することとし、本件文書の事項4と事項6及び事項7について3号通報がなされたものとして、その取扱いを検討することとする。

(2) 「不正の目的」について

ア 保護法2条1項は、「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく、通報すること」を公益通報該当性の要件としている。

  • (ア)「不正の利益を得る目的」とは、公序良俗に反する形で自己又は他人の利益を図る目的をいい、「他人に損害を加える目的」とは、他の従業員その他の他人に対して、社会通念上通報のために必要かつ相当な限度内にとどまらない財産上の損害、信用の失墜その他の有形無形の損害を加える目的をいうと解される。
     なお、「不正の目的でない」というためには、上記のような「不正の利益を得る目的」や「他人に損害を加える目的」での通報と認められなければ足り、専ら公益を図る目的の通報と認められることまで要するものではない。事業者に対する反感などの公益を図る目的以外の目的が併存していても、それだけでは同項にいう「不正の目的」であるとはいえないというべきである。
  • (イ)「不正の目的」の有無を判断するための資料については、これを通報文書そのものに限定すべきとする考え方もある。しかし、当初は「不正の目的」がないと考えられた場合であっても、調査を進めたところ、後に発見された資料によって「不正の目的」が判明することもあり得る。そうだとすれば、判断資料は通報文書だけに限定する必要はない。後に発見されたものも判断の資料とすることは許されると解するのが相当である。
  • (ウ)(イ)の考え方によれば、判断時期は、通報時に限定する必要はない。当初は「不正の目的」がないとされる場合であっても、後に発見された資料を総合し、その時点で改めて「不正の目的」の有無を判断することは可能であるとするのが相当である。

イ 本件文書作成の目的ないし意図

  • (ア)元西播磨県民局長が4月4日にほぼ同じ文書内容で県の窓口に公益通報をしていることや、同月1日マスコミに送付した文書及び本件百条委員会に提出した陳述書の各内容(今の県政運営に対する不信感、将来に対する不安感、頑張って働いている職員らの将来を思っての行動である旨記載されている)からは、元西播磨県民局長が本件文書を作成・配布した目的は、当時の県職員内部で話題になっていた齋藤知事や片山元副知事ら側近幹部職員の言動に対する不平不満や不信感を代弁し、反省すべき点を改めてもらい、風通しのよい県政にするようにとの願いを込めたものであったと考えることができる。
     他方で、令和6年1・2月に県のホームページに掲載された西播磨県民局長名のメッセージの内容や本件で引き上げられた公用パソコン内に存した別のデータ内容に加え、本件文書が齋藤知事や片山元副知事ら側近幹部職員に対して投げかけている表現内容などに照らすと、元西播磨県民局長の齋藤知事や片山元副知事ら側近幹部職員に対する強い不満や批判的な態度が窺われ、齋藤知事らの失脚や信用失墜を望む感情があったと考えることもできる。
  • (イ)以上によれば、本件文書は、公益目的はあるが、齋藤知事、片山元副知事及びその他の幹部職員に対しての複雑な感情に基づいても作成され、配布されたものと認められる。そこで、本件文書の作成・配布行為については、「不正の目的」がなかったといえるかどうかが問題になる。
     まず、「不正の利益を得る目的」について検討すると、元西播磨県民局長が令和6年3月末での退職を希望し、民間団体への再就職も決まっていたことから、本件文書内容を流布させることで「不正の利益を得る」ということは考えにくい。したがって、「不正の利益を得る目的」があったとは認められない。
     次に、「他人に損害を与える目的」については、確かに、本件文書の文面からは、これを作成・配布することで齋藤知事らの信用が低下する効果を望む感情も窺える。しかし、上記の本件文書作成・配布当時の同局長の退職をめぐる状況に照らすと、将来的に何らかの影響力を行使して、実際に齋藤知事や県の幹部職員らを失脚させる目的があったとまでは認めることができない。また、本件文書末尾に「関係者の名誉を毀損することが目的ではないので、取り扱いに配慮するように」と本件文書の取扱いについても注意を促す記載があることに照らすと、本件文書に記載された企業、金融機関や県の外郭団体等に損害を与える目的があったとも認めがたい。

ウ 県は、齋藤知事が本件文書を知人から入手したことをきっかけに始まった初期の調査段階では、保護法を全く意識せずに、本件文書を「名誉毀損の怪文書」であるとして対応した。また、保護法との関係が意識され始めた4月1日以降は、元西播磨県民局長の公用パソコン内に存在した別のデータ内容も勘案して、「政権転覆をねらう不正の目的あり」との理由で、3号通報には当たらないものとして取り扱った。

確かに、本件文書中には齋藤知事や片山元副知事らを揶揄するような表現があり、公用パソコン内に存在したデータ中には、「政権転覆」といった文言もあった。しかし、当時元西播磨県民局長が退職間近であったこと等に照らすと、それは単に空想上のものであって、実行に移す意図までを窺うことはできない。また、本件文書の配付先は10か所に限定され、その中に県警本部が含まれていたことや、上記のとおり、取扱いに注意してほしいとの注記がなされていることからは、直ちにこの文書内容を広く流布して県政を混乱に陥れようとする不当な意図も看取することができない。現に、3月27日の齋藤知事の記者会見までは、本件文書の存在は世間の注目を集めていなかったし、それによる県政の混乱もなかった。

エ 以上の考察からは、本件文書の配布が「不正の目的」でなされたものと評価することはできない。本件文書の作成・配布行為は、3号通報に該当する。

3 齋藤知事と片山元副知事ら利害関係者が関与したことの適否

(1) 前節のとおり、指針第4の1は、保護法第11条4項の委任を受け、内部公益通報対応体制の整備その他について、その(2)において、組織の長その他幹部に関係する事案について、これらの者からの独立性を確保する措置を、その(4)において、事案に関係する者を公益通報対応業務に関与させない措置をそれぞれとるべきことを定めている。

(2) これに対し、3号通報については、保護法にも指針にも、利害関係のある者の調査関与を禁じる明文の規定はない。

しかし、本件のように3号通報該当性のある本件文書の作成・配布行為を偶然に事業者である県が知った場合にも、文書内容に利害関係のある者が調査をしてはならないことは、保護法及び指針が実現しようとする通報者保護の観点、適正手続保障の観点から明らかである。

本件では、齋藤知事が3月20日に本件文書を入手した後、翌21日に、共に本件文書に名前が挙がった片山元副知事、B氏、C氏、D氏と対応策を協議し、本件文書の作成者と配布者の特定作業、すなわち通報者探索を行うこととした。それが、本件における県の対応のスタートになったのであるが、上記利害関係のある者が揃って対応策を協議したために、各々が自身の指摘されている事項を否定し合う会話の中で、本件文書を「核心部分が真実でない怪文書」と決め付け、公益通報者保護法の適用可能性に思い至らず、通報者の探索へと至ることになった。このように、県が措置の方向性を見誤った原因は、利害関係のある者の関与にこそあると言うべきである。これら利害関係のある者の関与は、その後も、人事課による調査及び懲戒処分手続を進める過程で様々な指示をし、綱紀委員会審議、そして最終的に懲戒処分に至るまで続いた。このように、本件文書内容に関係のある者が調査を指示し、処分決定過程にも関与したことで、懲戒処分の公正さを疑わせる事態を招いたのである。

この点における県の対応は、法律及び指針の趣旨に反するものであって、極めて不当であったことを強く指摘しておく。

4 本件通報者探索行為の適法性
(1) メール調査と元西播磨県民局長らへの事情聴取について

ア 前述のとおり、3号通報者を含め、公益通報者についての通報者の探索は、「公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合」を除き、してはならないというのが保護法及び指針の定めである。

県は、本件文書の作成者を特定するために、3月22日のメール調査から始まって、3月25日には西播磨県民局に赴き、元同局長から事情聴取をするなどしているので、これらの行為が「通報者の探索をしてはならない」という保護法及び指針に照らして、違法であったか否かを以下検討する。

イ この点、指針第4の2(2)ロは、上記のとおり、通報者探索禁止の例外を認めているが、どのような場合にこの例外に当たるのかが問題となる。

そこで検討すると、通報者探索の禁止については、指針の解説においてもそのための体制整備として「通報者の探索は行ってはならない行為であって懲戒処分その他の措置の対象となることを定め、その旨を教育・周知すること」が例示されるなど、保護法及び指針が厳格にこれを禁止していることは明らかである。このことからすれば、指針がその例外を定めたのは、公益通報の実効性を確保するためであると考えるのが自然であり、公益通報該当性を否定し、その保護範囲を狭める方向での解釈を採用するべきではない。すなわち、「公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合」とは、公益通報としてこれを取り上げ、通報を実効あらしめるために必要不可欠な極めて例外的な場合として想定されているものであり、例えば、匿名で公益通報が寄せられ、通報対象事実は記載されているものの、役務提供先が不明であるため、調査ができない場合などの特別な事情がある場合に限られると解するのが相当である。

ウ 本件で、齋藤知事は本調査委員会によるヒアリングの際、3月21日に「通報者の探索」を命じた理由を、本件文書には、自分たちへの誹謗中傷のほか、関係企業や職員らの実名を記して名誉毀損、信用毀損等がなされていたために、それ以上の拡大を阻止し、再び同様の告発文が頒布されないよう抑止する必要があり、迅速な通報者らの特定が必要な緊急性があったためと説明している。

しかし、齋藤知事の説明する上記理由は、本件文書配布による影響をできる限り抑止しようとするものに他ならない。本件文書の作成配布が3号通報として公益通報に該当する以上、かかる理由による通報者探索は、保護法11条4項及び指針第4の2の公益通報者保護の趣旨に反するものであり、通報者探索禁止の例外として指針第4の2(2)ロが規定する「やむを得ない場合」に当たるということはできない。

エ 以上、片山元副知事ら県職員が齋藤知事の指示に基づいて通報者の探索をしたことは、保護法及びその委任を受けた指針第4の2(2)ロ違反する行為であって、違法である。

(2) 公用パソコンの引上げ行為について

県は通報者探索のための調査をする過程で、片山元副知事らが3月25日西播磨県民局に赴いた際に、元同局長の公用パソコンを引き上げた行為については、それが違法な通報者探索の行為の一環として行われており、まさに本件文書による通報者特定のための証拠を得ることが目的であったと推認できる。

したがって、片山元副知事らのこの行為は、県が所有し、管理権限を有する公用パソコンであることや、元同局長からも強制的に引き上げたとはいえない態様で行われたことを考慮しても、正当化されるものではなく、保護法及び指針に反する違法な行為であったと評価する。

ただし、上記行為によって引き上げられたパソコン内に存在したデータに関するその後の調査及び処分の評価については、また別の観点からの考察が必要である。その点については後述する。

5 本件3月27日付け人事の適法性
(1) 退職を保留し、県民局長の職を解いた点について

ア 保護法5条1項は、3号通報についても、通報したことを理由として降格、減給などの「不利益取扱い」を禁じている。不利益取扱いの禁止について、一般職地方公務員には保護法が直接適用されないものの、地方公務員法の適用に当たって、保護法第9条後段を通じ、同法5条の趣旨が及ぼされ、同条の要件を満たす公益通報をした者は保護されるので、本件では、県が3月27日に元西播磨県民局長に対して行った「退職を保留し、県民局長の職を解く」との発令が、上記の「不利益取扱い」に当たるかがまず問題になる。

イ 確かに、退職時期が遅れると次の就職先における勤務開始時期が遅れるし、場合によっては、就職の機会を失う危険もある。転職先の給与が県への勤務が継続した場合の給与より多いとすれば、そこには金銭的な損失も生じる。このように事実上の不利益が生じることに照らすと、県の上記発令は、保護法5条1項の不利益取扱いに該当すると言える。

しかし、他方で、保護法5条は、同法3条とは異なり、違反行為が直ちに無効になるとの定めにはなっていない。このことから、同法は、人事権を行使する行政庁に一定の裁量を認めていると言え、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められない限り、違法ということはできないと解される。

ウ そこで、県が人事権の行使について、与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したかどうかを検討する。

県は、元西播磨県民局長の希望退職日が3月31日に迫っていたことから、元局長に対する処分が必要かの調査をするために上記の辞令を発令したと言う。その調査対象は、本件文書の作成・配布行為のほか、公用パソコン内に存在するデータから判明した非違行為を含むが、それらは、いずれも、違法な通報者探索によって判明したものである。

しかし、他方で、元西播磨県民局長が当時は県職員であった以上、退職には県の許可が必要であるところ、退職の許可・不許可については県当局の広範な裁量に委ねられている。また、公用パソコン内に存在するデータからは、元西播磨県民局長が人事データの不正流用や他の県職員へのパワハラ行為など、懲戒の対象になる可能性の高い行為をしていたことが判明している。そのうち、特に、人事データの不正利用と他の県職員に対するパワハラ行為は、それ自体が見過ごすことのできない非違行為であったと言える。そうすると、県には、本件文書の作成・配布行為自体への懲戒処分を検討するほか、3月25日に引き上げた公用パソコン内に存在したデータ内容から判明した上記の諸事由を懲戒処分の対象として調査し、その結果によっては懲戒処分をする必要があり、そのためには相当の時間を要することから、取り敢えず数日後に迫った元西播磨県民局長の退職を認めず、県職員としての身分を確保しておくべき差し迫った事情があったと言える。公務員の網紀が厳正に保たれていることは、県民の利益でもあり、それによって、県政への県民の信頼も維持される。元西播磨県民局長については、退職すれば当然にその職が解かれ、処分をすることが不可能となるので、県当局は、上記調査の必要のために退職の不許可という取扱いをしたのである。なお、この退職を保留するという人事は、解雇や他の懲戒処分に比べれば不利益の度合いは限定的である。

さらに、「県民局長の職を解く」という人事についても、当初3月31日付け退職によって役職が解かれることが予定されていたのを数日前倒しにしたことと効果は同じであり、この点についても県当局の広範な裁量権の範囲内であると考えられる。

以上、本件3月27日付けの人事について、県当局には、人事権の行使にあたって、与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用したと認められる事情はなかった。

エ 以上の諸事情を総合考慮すると、県が元西播磨県民局長に対して、3月27日に、「退職を認めず、県民局長の職を解いて総務部付とする」という人事を発令したことを、違法であり、労力を有しないと評価することはできない。

(2) 等級が下がったことについて

元西播磨県民局長は、3月27日から同月31日までは従前の行政職10級のままであったのに対し、4月1日以降は行政職5級になっている。しかし、これは満60歳の役職定年を迎えた職員に対する通常の取扱いであり、そもそも「不利益な取扱い」には当たらない。

6 本件懲戒処分の違法性
(1) 検討の対象となる諸点

ア 本件懲戒処分は、①誹謗中傷文書(本件文書)の作成・配布行為、②人事データ専用端末の不正利用(人事課管理端末に、特定の職員の顔写真データに関し、業務上の端末を不正に利用するとともに、個人情報を不正に取得し持ち出した)、③職務専念義務違反行為(平成23年から14年間にわたって、勤務時間中に計200時間程度、多い日で1日3時間、公用パソコンを使用して業務と関係ない私的な文書を多数作成した)、④ハラスメント行為(令和4年5月、次長級職員に対してハラスメント行為を行い、著しい精神的な苦痛を与えた) の4つを処分理由として行われた。

イ そのうち、処分理由①の本件文書の作成・配布は、先に述べたとおり、外部公益通報(3号通報)に該当する。

ところで、不利益取扱いの禁止について、一般職地方公務員には保護法が直接適用されないものの、地方公務員法の適用に当たって、保護法9条後段を通じ、保護法5条の趣旨が及ぼされ、同条の要件を満たす公益通報をした者は保護される。そして、保護法5条は、通報が同法3条3号イないしヘ掲記の特定事由がある場合になされ、その内容が真実相当性の要件を備えているときには、公益通報をしたことを理由として当該公益通報者に対して不利益な取扱いをしてはならない旨を定めている。本件においては、下記(2)に記載するとおり、特定事由は備わっている。したがって、本件においては、まず真実相当性の要件が充足されているかを検討する必要がある。

なお、その際には、本件文書のように複数の事実が記載されていて、一部の事実については真実相当性が認められるが、他の事実については真実相当性が認められないとき、保護の対象はどこまで及ぶかも問題となる。

ウ 次に、保護法3条3号に定める真実相当性が認められないときであっても、文書の内容が事実であった場合、これを非違行為として処分の対象としうるかについては、別の観点から検討する必要がある。保護法が保護するのは刑罰又は過料の対象となる事実についての通報であるが、公人が主体としてなされたパワハラについての通報は、その行為自体に公益性が認められ、非違行為とは言い難い場合があるからである。

エ 仮に、保護法5条の要件を満たすと判断し、処分理由①について懲戒処分をなしえないとの認定に至ったときには、処分理由②ないし④について処分をなしうるかが問題となる。処分理由②ないし④に係る事項は、保護法の禁じる違法な探索行為に基づいて引き上げられた公用パソコンを検討することによって発覚した事象であり、違法に収集した資料に基づき懲戒処分をなしうるかは、手続的正義の観点からの検証が必要であるからである。

(2) 特定事由

第1の本件の経緯に記載したとおり、元西播磨県民局長は、本件文書によって3号通報をした後、実際に通報者探索をされ、不利益な取扱いも受けた。してみると、兵庫県においては、元西播磨県民局長が本件文書の配布を行った当時(3号通報を行った当時)、公益通報をした場合に不利益な取扱い等を受けるおそれが大きい状況があったものと考えられるから、保護法3条3号イ(この特定事由の文言は本章第2巻照)に該当する特定事由があると信ずるに足りる相当の理由がある場合であったと認められる。

(3) 通報対象事実の真実相当性

ア 概論

本件文書の事項1ないし7のうち、通報対象事実となるのは、事項4(第6章)、事項6(第8章)及び事項7(第9章)であるから、それぞれについて以下検討する。

イ 事項4について

本件文書に記載された事項4については、本調査委員会の調査によっても、真実とは認められなかったものの(第6章)、「まさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由」がある場合には、真実相当性が認められることになる。事項4は、贈収賄に関して例1〜4の具体的な事実を挙げていることから、以下、真実相当性についても例ごとに分けて検討する。

(ア)例1

例1については、第6章で述べたとおり、兵庫型奨学金返済支援制度利用企業の視察として齋藤知事がh社を訪れたことと、周囲にマスコミがおり、コーヒーメーカー(小売価格約3万円)の受領について疑問を投げかける質問が出たことから、齋藤知事が贈与を辞退したこと、後日、兵庫県庁にコーヒーメーカーが届いたという多くの記載が事実であり、これらは、マスコミの目をはばかる不審な経緯によりコーヒーメーカーが県と利害関係のある企業から贈与されたことを疑わせる間接事実となるものである。

また、当日、齋藤知事と一緒にいたD氏も、「知事がコーヒー好きなんで、と言っていたので、個人として自宅に持ち帰るということだと当初は思っていた」、「h社のコーヒーメーカーは昔の県の幹部が個人的にもらっていたという話も聞いていたので、いいのかなと思っていた」、「マスコミ意識で体裁が悪かったから知事としては受領を断ったのだと思った」、「知事はマスメディアをかなり気にされる方で、マスコミ意識は相当強い」という認識を述べており、県としての受領ではなく、齋藤知事個人としての受領と周囲の職員が誤解するのも十分ありうる多くの間接事実があった。

さらに、第6章でも述べたとおり、兵庫県の令和2年8月改訂版「不祥事読本」にはQ&Aで「Q.いつでも返せるように、開封せずそのまま置いておいたとき」であっても、「A.直ちに返さなければ、受け取る意思があったものとして判断されます」と記載されているほか、汚職を防ぐための具体例として、配送されてきても受取拒否、うっかり受け取ってしまっても速やかに職場に持参し、上司に報告の上、文書を添えて返送することが職員への注意事項として明記されているところ、齋藤知事がいったんその場で贈与を辞退したにもかかわらず、後日、兵庫県庁にコーヒーメーカーが届き、しかも、そのコーヒーメーカーが7か月以上にわたって返送されていなかったこと(本件文書の3号通報時点では返送されていなかった)からすると、これらの状況を見聞きした職員の立場としては、コーヒーメーカーが贈与として受領されたものと推測、判断することはむしろ兵庫県が職員に示している指針、ルールに沿った判断であったと言わざるを得ない。

加えて、元西播磨県民局長は、本件百条委員会に提出した陳述書において、(コーヒーメーカーを)「後日、ちゃんと相手方に送らせた」と聞いたとして、情報提供者がいたことを述べている。

したがって、例1については、贈収賄の事実はないものの、これがあったと信ずるに足りる相当の理由があったものといえ、真実相当性が認められる。

(イ)例2

例2については、第6章で述べたとおり、j 社と兵庫県が連携協定を結んだこと、ヘルメット着用のキャンペーンを展開したこと、PR用の写真はj社のロードバイク(約50万円)に跨る齋藤知事であったという多くの記載が事実であるものの、これらの事実は贈収賄の疑いを推認させる間接事実となるものではない。

また、元西播磨県民局長は、本件百条委員会に提出した陳述書において、公表されている連携協定や、PR用の写真、j社のサイトに「知事のサイクリング用として、県に貸与」と記載されていることから、「期限を付さない無償貸与は実質的に贈与とみなされるのではないかと思い、盛り込んだ」と述べているが、これらの資料は兵庫県への交付ではなく齋藤知事個人への贈与であったことを疑わせる証拠となるものではないし、使用貸借は期間を定めなかった場合でも、民法597条2項により、借主が使用目的を終えることによって終了し、民法598条1項により目的に従い借主が使用するのに足りる期間を経過したときは賃主からの契約解除もできるので、返還されない贈与とは異なるため、実質的に贈与とみなすことができるものではない。

さらに、同陳述書の内容からすると、例2については、証人がいたわけでもなく、噂話も聞いていなかったものと考えられ、かかる意味で、想像の域を超えない通報であったと言わざるを得ない。

したがって、例2については、信ずるに足りる相当の理由があったとはいえず、真実相当性は認められない。

(ウ)例3

例3については、第6章で述べたとおり、贈収賄に関係する前半の記載はいずれも事実ではなかった。

また、元西播磨県民局長は、本件百条委員会に提出した陳述書で、令和5年10月23日の西播磨市町長会知事要望の会議において、知事とs長との間でアイアンのゴルフクラブに関する会話があったことを自身が聞いたような記載があるが、このときのs長は、就任して間がなく、この会合で初めて齋藤知事に会ったもので、挨拶と名刺交換を行っただけである。したがって、sの関係者が上記陳述書に記載されたやりとりを齋藤知事と行った事実は認められなかった。

さらに、同陳述書には、特別交付税の算定については、根拠がないことを認める記載があるほか、ゴルフクラブと特別交付税との関係の根拠についても憶測にすぎず、具体的な情報提供者や噂話すらなかったことからすると、これも想像の域を超えない通報であったと言わざるを得ない。

したがって、例3については、信ずるに足りる相当の理由があったとはいえず、真実相当性は認められない。

(エ)例4

例4については、第6章で述べたとおり、齋藤知事がk社から貸与ではない形でスポーツウェアの提供を県として受けていたことは事実であり、メーカーであるk社からすると齋藤知事に広告塔としての意味があったとは否定できないものの、これらの事実は齋藤知事個人による受領、贈収賄の疑いを推認させる間接事実となるものではない。

また、元西播磨県民局長は、本件百条委員会に提出した陳述書で、齋藤知事が視察時の衣装を k社と相談すると担当職員に発言したことと、同社と兵庫県が包括連携協定を締結していたこと、県のイベント時に齋藤知事が同社のスポーツウェアを着用していたこと、定例記者会見での齋藤知事発言をもとに例4を記載したと述べているが、これらの事実があったとしても、いずれも公務で着用する話であることからすると、県ではなく齋藤知事個人がスポーツウェアの贈与を受けたと推認できる間接事実となるものではない。

さらに、同陳述書の内容からすると、例4については、証人がいたわけでもなく、想像の域を超えない通報であったと言わざるを得ない。

したがって、例4については、信ずるに足りる相当の理由があったとはいえず、真実相当性は認められない。

ウ 事項6について

通報対象事実となる可能性のある事項のうち、事項6については、本調査委員会の調査の結果、背任にあたる事実関係は認められなかった(第8章)。

しかし、以下に述べるとおり、事項6について、通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由(真実相当性)があったものといえる。

すなわち、通報者である元西播磨県民局長は、

  • ① 令和5年11月に、兵庫県内の信用金庫が対象となる金融機関への補助金(本件補助金)の予算額が、産業労働部の当初要求額1億円から最終的に4億円と大幅に増額されたこと
  • ② 本件パレードの前々日である同年11月21日に、県から各信用金庫に対して本件パレードの協賛金拠出の依頼があり、本件パレード実施後に県は各信用金庫から2000万円の協賛金の申込みを受け、受領したこと
  • ③ ①に関する財務課への指示、②の依頼行為とも、片山元副知事が決定的な役割を果たしたこと

について他の職員から情報提供を受けるなどして知ったことにより、本件補助金の増額は各信用金庫から本件パレードの協賛金を得るためのものであり、本件補助金の一部が目的外の用途(信用金庫が本件パレード協賛金を拠出したことの補填)のために交付されようとしていた事実があると信じて通報をしたものと考えられる。

なお、本件文書に「キックバック」との表現があるが、本件補助金の予算執行の時期は本件パレードの協賛金拠出よりもはるかに後であるから、文字どおりの「キックバック」(県が交付した補助金を本件パレードの協賛金として県に還流させること) は不可能である。しかし、本件文書の通報の趣旨は、文字どおりの「キックバック」に限らず、各信用金庫が先に拠出した協賛金分について後に補助金の交付を受けて補填されることによる「見返り」の関係があることを含むことは第8章で述べたとおりである。

本件調査委員会の調査によっても、上記①②③は事実であることが認められた。

上記①②ともそれ自体にはそれぞれに理由があったことは第8章で記したとおりであるが、外形的にみると、①の増額幅が億単位で4倍と極端に大きいことは特別な事実であり、②の本件パレード直前に協賛金を拠出することを県が依頼し、各信用金庫がこれに異議なく応じるのも、一般の市民や事業者からすると無理があると感じさせる特別な事実であるといえる。

その上、③のとおり、①の財務課への指示を行ったのも、②の協賛金依頼を行ったのも片山元副知事である事実は、本件補助金のほか、制度設計などの制度設計も所管する産業労働部担当の副知事として県内の信用金庫の利害について大きな影響力のある片山元副知事が、何らかの利益供与をする見返りに本来無理なタイミングで協賛金を拠出させたと外形的に疑われる余地のある要素である。

当時の状況としても、県として本件パレードの資金調達に大いに苦労し、公費を投入する以外の形で問題を解決しなければならない差し迫った事情があり(第8章参照)、その解決手段として、一方で、政策的に増額できる本件補助金の予算を増やすこととし、他方で、無理なタイミングではあるが特別に本件補助金の交付対象企業に本件パレードの協賛金拠出の依頼をして協力を得ようとするという動機の存在は考えうるものであった。

以上を総合すると、①と②の2つの特別な事実が存在しているところ、さらにそれが、本件パレード直前期と時間的に極めて近接し、いずれにも片山元副知事が決定的な役割を果たしている(③)という偶然に特別な事情が複数重なるとは思えず、①と②に関連があるという通報者の推測は、通報事実に関係する複数の根拠ある事実に基づく相応に合理的な推論であったといえる。

実際に本件文書問題が広く報じられるようになり、本件補助金の予算額の推移についてマスコミに報じられた後は、多方面からこの問題を疑惑として指摘する声が上がるようになったように、通報者のみならず一般人の平均的な感覚からしても、上記事情のもとでは本件補助金の増額と本件パレードの協賛金の拠出との間に何らかの関係があるのではないかと推測することは無理のないことであった。

なお、本調査委員会の調査においても、片山元副知事が本件補助金の予算額の増額を指示した際には、本件パレードの協賛金について各信用金庫に対して2000万円もの拠出を依頼する意思をまだ有していなかったことについて、本件パレードの資金調達の状況を直接知る関係者の詳細な証言や提供されたメールデータを精査して初めて確認することができた(第8章参照)のであり、これに比して、本件パレードに直接関わりのない通報者が本調査委員会と同等の事実調査をして確認することはできず、上記のとおり通報対象事実を推認させる特別な事情が重なる状況において通報対象事実が存在すると信じたことはやむを得ないものといえる。

以上によれば、事項6について、通報者が、通報対象事実があると信じたことは、その根拠が単なる憶測や伝聞にとどまるものとは言えず、通報対象事実に関連する複数の重要な事実、及びそれらの事実の関係の特殊性を総合考慮した上での相応に合理的な推論に基づくものであったと言えるから、通報対象事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由(真実相当性)があったものと認められる。

エ 事項7について

通報対象事実となる可能性のある事項のうち、事項7(元西播磨県民局長が本件文書中でパワハラとして指摘した事象)については、調査の結果、①出張先の施設のエントランスが自動車進入禁止のため、20メートルほど手前で公用車を降り、歩いたことについて、関係職員と大声で叱責した、②自身の知らないことが報道されると、「聞いていない」として担当者を叱責することがあった、③知事協議の際、机を叩いて怒った、④幹部職員に対しては、夜間や休日にも、時間にかかわりなくチャットで業務指示を行ったことの諸点は事実であり、パワハラに当たると認められた。また、本件文書に列挙されていない事実についても、齋藤知事にはパワハラに該当する言動があることが確認された。

しかし、保護法5条により保護の対象となるには、単にパワハラがあったことについて真実相当性が認められることでは足りず、保護法2条の通報対象事実であること、すなわち、パワハラが暴行罪又は傷害罪等を構成することについての真実相当性が認められなければならない。

そこで検討するに、上記①、②、③は、いずれも、暴行罪を構成するものではない。 ―過去の出来事であるから、それだけでは相手の職員が当該パワハラによって精神に障害をきたすことも通常は考え難い。

第9章で確認した齋藤知事のその他のパワハラ行為も、やはり一過性の事象であり、かつ、それ自体が暴行罪を構成するものではない。

これに対し、④の夜間、休日のチャットについては、その頻度と期間、チャットによる叱責や業務指示の強度いかんによっては、相手方の精神に影響を及ぼし、傷害罪を構成する可能性がある。しかし、チャットの相手方は、誰も、知事からのチャットを理由としては精神に支障をきたしていない。 また、チャットでの発信行為自体は、暴行と評価しうる可能性がある行為ではない。

元西播磨県民局長は、本件百条委員会に提出した陳述書において、事項7記載の事実について、情報源につき名前や役職を挙げるなどして特定し、そうした県関係者から聞いたことをもとに本件文書を作成したとしているが、その陳述書においても、暴行罪や傷害罪に該当する事実は記載されていない。

したがって、パワハラについて暴行罪、傷害罪に該当する事実が生じ、若しくはまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由(真実相当性)があったと認めることはできない。

(4)処分理由①について

ア 前記のとおり、本件文書のうち、事項4の例1、事項6については、保護法5条の要件を満たし、通報者は保護される。よって、地方公務員法においても、これらの事項を通報したことをもって、不利益取扱いとしての懲戒処分を課すことは許されない。処分理由①による懲戒処分は、この点において、明らかに違法である。

イ 通報対象事実とそうでない事実の混在について

次に、第3の2(1)ウにおいて述べたとおり、1通の文書中に通報対象事実に該当する事実と該当しない事実が混在している場合、不利益取扱いの場面において、該当事実について通報者が保護され、非該当事実について通報者が保護されないとするとは、保護法の観点から見れば許されないわけではない。このことは、1通の文書中の一部事項が通報対象事実であると認められたが、真実相当性が認められなかった場合も同様である。

しかし、保護法5条の要件を満たさず、通報者が保護されないとしても、不利益取扱いが事業者に認められた裁量権の範囲を逸脱し、あるいはその濫用にわたる場合にまで、その取扱いが有効になるとは認められない。その検討に当たっては、保護法の制度趣旨と目的に鑑み、違法の程度の大きさとその態様が問題とされなければならない。また、当該部分について不利益処分を行うことの必要性の程度も判断の要素となる。

そこで検討するに、本件においては、本件文書が指摘した事項のうち、通報対象事実として認められたのは、事項4、事項6及び事項7の3つであった。そして、その内で真実相当性が認められたのは、事項4のうちの例1と事項6のみであった。

他方、本件においては、通報の対象とされた人物らが集まり、自らが利害関係者であることを意識することなく、本件文書の取扱いについて協議し、通報者の探索を行うことを決定した。その行為に関わったのは、保護法を最も遵守すべき立場にある知事であり、副知事であり、総務部長その他の幹部職員である。その違法ないし制度趣旨違反の程度は看過できないほど大きい。

また、通報者の探索は、公用とはいえ、その使用するパソコンのデータを調査し、いきなり職場を訪ねて尋問し、パソコンを引き上げる等、態様として問題なしとしないばかりでなく、その後は、探索行為によって得られた資料に基づき、退職を保留して事実上の不利益取扱いをし、さらには懲戒処分をしようとするものであるから、その違法の程度はやはり大きい。

さらに、本件文書が事項7で指摘する齋藤知事のパワハラについては、その内容の多くは事実であり、後述するとおり、仮に保護法5条の要件は満たさないとしても、これを懲戒処分の対象とすることには問題がある。本件文書でこれ以外の事項においても、県政における問題点の指摘を含む部分もあり(21世紀機構の人事の進め方、パーティー券に関することなど)一定の公益性が認められる。

以上からすれば、本件文書に対する県の対応は、当初から利害関係者が関与し、違法な通報者探索行為を行ったことについて保護法の趣旨から見てその違法の程度は極めて大きく、その上、本件文書のうち保護法5条の要件を満たさず、保護を受け得ない部分についても内容告発としての公益性があるから、懲戒処分の対象とする必要性に乏しいというべきである。したがって、本件文書を作成して配布した行為を懲戒処分の対象とすることは、公益通報該当性が認められない部分、真実相当性が認められない部分を含め、懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、濫用するものであるから、違法であり、その部分について行われた懲戒処分は効力を有しないと判断する。

ウ 齋藤知事のパワハラ行為に着目した検討

(ア)なお、本件文書が事項7で指摘した齋藤知事のパワハラ行為は、保護法によっては直接の保護を受け得ないものの、本調査委員会による調査によれば、その多くが真実であると認められた。

本調査委員会は、知事のパワハラに関する指摘は有益であり、保護法の観点を除いても、これを懲戒処分の対象とはなしえないと判断する。

そこで、その点について検討したところを以下簡単に述べる。

(イ)パワハラは、それが事実であれば、通常、有益な通報である。パワハラの行為者が公人である場合、これを明らかにする意義は特に大きい。したがって、知事にパワハラ行為があったとの指摘・通報については、その行為をもって、懲戒処分を行うべき非難行為と言いうるかという別の観点から検討することが必要である。そして、懲戒処分を行うべきでないという判断に至れば、保護法の観点とは別に、本件懲戒処分のうち、パワハラを指摘した部分についてはその効力が否定されることになる。

(ウ)そこで、まず一般論として検討すると、通報内容の根幹的な部分が事実でなく、客観的に見て事実と疑うに足る状況もない場合には、その通報を保護する必要はない。また、通報された事実が些細な事実で、公益性の程度が低い場合には、これを保護の対象とすべきか議論の余地がある。

次に、通報者がこれを行った目的も問題となる。いかに公益性の高い通報であっても、その行為がもっぱら私怨を晴らすためであったときには、公益性の程度と事実性ないし真実相当性の程度いかん、さらには行為の態様いかんではこれを保護する必要がない場合もありうるからである。

さらに、通報の手段と態様も懲戒処分を行う際の判断資料とはなる。

以上から、本調査委員会は、パワハラ行為について通報を行ったことを理由としてされた懲戒処分は、保護法による保護を受けうるかの観点とは別に、①通報内容の根幹的部分が真実あるいは真実と信じるについて相当な理由があるか、②通報自体に公益性はあるか、③通報の手段・態様は、妥当なものであるか等を総合的に考慮して、その効力を判断するのが相当であると思料する。なお、この考えは、大阪地方裁判所堺支部平成15年6月18日判決、東京地方裁判所平成23年1月28日判決など、多くの判例も採用するところである。

(エ)これを本件についてみると、先に述べたとおり、①元西播磨県民局長の通報に係るパワハラは、その多くが事実である。②その行為の主体は、公人である知事であるから、通報は公益性を有している。かつ、元同局長が行った通報に公益目的が認められることは先に述べたとおりである。③通報は文書を送付する方法でなされているが、その相手方は、議員、警察という公的な機関と報道機関であり、その数は10か所に限られているから、通報の手段、方法は妥当である。

したがって、本件文書の作成・配布行為のうち、パワハラを問題とする部分は、これを非違行為であるとすることはできず、その意味でも、同部分を懲戒処分の対象にすることは違法である。

(5) 処分理由②ないし④について

元西播磨県民局長の懲戒処分理由のうち、他の「人事データ専用端末の不正利用」、「職務専念業義務違反行為」及び「次長級職員へのハラスメント行為」の3件は、いずれも県が3月25日に元西播磨県民局長の職場から引き上げてきた公用パソコン内に存在したデータによって判明したものである。

懲戒権者による懲戒処分は、それが、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合には違法となるので、以下検討する。

この点、公用パソコンの引上げ行為は、前述のとおり、違法な「通報者探索」行為として行われたものであるが、そのパソコン内のデータによって判明した上記3件の非違行為は、いずれも公務員としての非行に該当するものである。その内、「人事データ専用端末の不正利用」と「ハラスメント行為」については、県の幹部職員の行為として見過ごすことのできない非行であって、本調査委員会は全ての資料を吟味したものではないが、その行為は懲戒に値すると考えざるを得ない。当初の通報者探索行為としてなされた公用パソコン引上げ行為は違法であるが、そのパソコン内のデータによって判明した非行も軽微なものとは言えず、程度はともかく懲戒処分は避けられないと言うべきであるから、県が処分理由②ないし④の事象について懲戒権を行使することは、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したとまでは言えず、その処分が違法無効であると言うことはできない。

(6) まとめ

以上より、元西播磨県民局長に対して行った懲戒処分のうち、「誹謗中傷文書(本件文書)の作成・配布行為」を処分理由とする部分は効力を有しないが、残りの3件を処分理由として行った部分は無効とは言えないというのが、本調査委員会の結論である。

第4 元副知事に対する要請行為について

元西播磨県民局長が、3月27日の辞令交付の際、片山元副知事に対して「内容をきちんと調査してほしい」と述べたことが1号通報に該当するかどうかが問題になる。

そもそも、これは口頭のやりとりであるから、実際の発言内容を正確に再現することは難しい。当日の辞令交付の際、片山元副知事が「調査させてもらう」と言ったところ、元西播磨県民局長から上記の言葉が返ってきたということであるが、調査という言葉が、公益通報の調査を指すのか、それ以外の調査を指すものであるのか判然としない。

したがって、元西播磨県民局長の上記発言をもって内部公益通報があったとは認められない。

第5 本件内部通報に対する対応について

県は、本件内部通報を適正に申し立てられたものとして受理し、兵庫県職員公益通報制度実施要綱に基づいて処理を進めたが、懲戒処分のための調査と公益通報の調査とは異なる制度であって、担当部署が異なる上、懲戒処分の時期について知事には広範な裁量権があるから、公益通報結果を待たずに懲戒処分をしたことは相当であると主張する。

しかし、本件では、4月4日に元西播磨県民局長が県の担当窓口に公益通報した内容は、本件文書の項目のうち、五百旗頭氏関係のものを除いてすべての項目に係る事実が記載されていたことから、両者は制度が異なり、担当部署も異なるものの、結果についてそごが生じないようにすべきであったと解するのが相当である。しかも、本件懲戒処分を急いだのは、齋藤知事の「風向きを変えたい」という合理性に乏しい指示によるものであった。本調査委員会は、上記の事情を総合すれば、元西播磨県民局長に対する懲戒処分は、これを行うとしても、公益通報としての保護が与えられる事案かどうかを確認してからすべきであったと思料する。

本件文書の作成・配布に関する懲戒処分を、齋藤知事の意向で5月7日に行ったことは、公益通報との関係で違法とはまでは言わないが、相当ではなかったというべきである。

第6 知事の令和6年3月27日の記者会見における発言について

1 最後に、元西播磨県民局長に対する県の対応及び懲戒処分の有効性に関する検討結果を左右するものではないが、齋藤知事の同日の記者会見における発言は、本調査委員会としてこれを見過ごすことができないので、以下述べる。

2 齋藤知事は、同日の記者会見において、元西播磨県民局長が作成して配布した本件文書について、「本人も認めていますが、事実無根の内容が多々含まれている内容の文書を、職務中に、職場のPCを使って作成した可能性があるということです。」、「ありもしないことを縷々並べた内容を作ったことを本人も認めている。」と発言した。

しかし、元西播磨県民局長は、事実無根の内容の文章を作ったと認めたことはない。元西播磨県民局長への事情聴取も文書内容の調査も十分なされていない段階で、実際には元西播磨県民局長が認めていないのに、事実でない内容の文章を作成したことを本人が認めている旨の発言をしたことは、自身の言説を強調しようとしたのだとしても極めて不適切である。本調査委員会は、その発言は、直後に撤回をすべきであったと思料する。

3 齋藤知事は、この記者会見において、元西播磨県民局長を「公務員失格」、「うそ八百」などの言葉を用いて非難した。本調査委員会は、中立、公正の立場から、広く、かつ慎重に調査を行ったが、本件文書には数多くの真実と真実相当性のある事項が含まれており、「うそ八百」として無視することのできないもの、むしろ、県政に対する重要な指摘をも含むものと認められた。また、兵庫県が、元西播磨県民局長に対して科した処分は、免職ではなく、停職3か月の懲戒処分であり、兵庫県としても、元西播磨県民局長を「公務員失格」とはしていない。そして、調査未了の段階で上記のような強い語句や断定口調でマスコミに伝えて公に知らしめる必要性はなかったし、相当でもなかった。齋藤知事も本件百条委員会の証言の際や、本調査委員会のヒアリングの際に、「強い言葉を使ってしまった」と述べている。本調査委員会は、上記発言は、客観的にみて、元西播磨県民局長に精神的苦痛を与えるものであって、職員一般を委縮させ、勤務環境を悪化させるものであるから、パワハラに該当すると思料する。

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