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当ページには、告発文書の内容の真偽を確認する「文書問題に関する第三者調査委員会」が2025/3/19に公表した調査報告書の、「第11章 原因・背景分析等」について文字起こしを掲載しています。
当報告書の全容は、以下リンク先を参照ください。
調査報告書(文字起こし) 第11章
第11章 原因・背景分析等
第1 はじめに
本件文書に記載された各内容についての事実の存否、及び、県による本件文書の取扱いの適否について、第3章から第10章までに記したところを総括すると次のとおりである。
すなわち、本件文書が指摘する事項のうち、令和3年7月に実施された県知事選挙の事前運動及び選挙運動と令和7年に実施予定の県知事選挙の事前運動をめぐる問題については、これを事実であると認めることはできなかった。
しかし、パワハラをめぐる指摘の中には、事実に合致するものが多く、本件文書に列挙された以外にも、知事の言動には不適切と言わざるを得ないものがいくつもあった。
贈答品と令和5年7月開催の政治資金パーティーをめぐる問題については、その指摘が事実であるとは認められなかったが、周囲の者が懸念を感じることもあながち無理ではない状況が一定程度存在することが確認された。
阪神タイガース、オリックス・バファローズ優勝記念パレード(本件パレード)の問題については、補助金とパレード協賛金の間にキックバックや見返りの関係、協賛金拠出企業への便宜供与は認められなかったが、補助金の予算増額と協賛金拠出依頼の時期の近接性、両者に決定的な役割を果たしたのがいずれも片山元副知事であったという客観的な事実は、県内外からの強い疑念を生じさせる要因になった。本件パレードは、多くの職員の献身的な尽力によって成功を勝ち得たが、資金計画に無理がある中、短期間で準備する必要があった大規模な事業であり、職員に過重な負担を強いる結果になった。その労務環境には相当な問題があったと言わざるを得ない。
21世紀機構の人事についても、五百旗頭氏の死亡との間に直接的、医学的な因果関係は認められないが、時間をかけて協議をせずに行った人事提案は、同氏に対し、日常的でないストレスを与えたことが推測され、より丁寧な進め方をすべきだったと考えられる。
以上からすれば、本調査委員会は、本件文書には、事実と認められない点も含まれているが、実際にあったと認められるパワハラなどの重要な事実の指摘を含むものであり、これを「うそ八百」であるとして無視又は軽視すべきものではないと判断する。また、本件文書の存在が発覚した後の県の対応には、公益通報者保護法及び指針に違反する通報者探索を行った点をはじめとして重大な問題があった。
そこで、本章では、主としてパワハラと公益通報者保護の観点を中心に、なぜパワハラに該当する事象がいくつも起こったか、直接の相手方と周囲の者を含め、なぜこれを問題にすることができなかったか、県当局は本件文書の入手後なぜ適切な対応を取り得なかったかなどの点につき、本調査委員会が調査において把握することができた事実をもとにその背景と原因について若干の考察を行う。
第2 背景となる状況
1 齋藤知事就任前後の状況変化
(1) 兵庫県では、昭和37年以来、副知事を経験した者が知事に就任する例が約60年間続いた。
(2) 齋藤知事の前任の井戸前知事も、やはり副知事を経験した後に知事となり、その後20年の長きにわたって、知事の職を務めた。
(3) 令和3年の選挙も、齋藤知事の対立候補の1人は、副知事経験者であった。
(4) 齋藤知事は、総務省出身で、出向先の宮城県や大阪府で勤務をしたが、兵庫県では勤務をしたことがなく、知事に就任した時点では、兵庫県で勤務していた者に比べて、兵庫県の県政や職員風土、各事業の経緯や進捗状況、事業を取り巻く環境等について知識が十分ではない部分もあった。
(5) その意味で、齋藤知事にとっては、特に就任直後において、県政の進捗状況とこれを取り巻く状況について職員から効果的に情報収集する必要性が大きかった。その上で、自身の標榜する政策を再検討し、現状に合うよう考えを熟成させ、あるいは大胆な改革をするためにどのような工夫をすればよいかを慎重に検討し、これを丁寧に職員に伝える努力と姿勢が必要な状況にあった。また、職員の側としても、県政とそれを取り巻く状況についての齋藤知事の理解度を把握し、知事の職が多忙であることにも配慮して、要領よく状況を説明し、知事の思考を助ける努力が必要な状況にあった。
2 刷新人事、中心メンバーの重用
(1) 齋藤知事は、令和3年8月1日、兵庫県知事に就任したが、同月10日、県政の刷新を目指し、特に重要かつ早急に取り組むべき施策の策定・プロジェクト等の推進のための知事直轄の組織として、新県政推進室を新設した。
(2) 新県政推進室の室長にはB(小橋)氏が、次長にはC(井ノ本)氏、D(原田)氏、E(有田)氏、F(守本)氏らが任命された。そのうち、B(小橋)氏、C(井ノ本)氏及びD(原田)氏は、齋藤知事と以前からの知り合いである。他方、当時10名いた本庁の部長は、1人も新県政推進室のメンバーには加わらなかった。
(3) 新県政推進室のメンバーは、同年8月中に、企画県民部長、秘書広報室長、企画県民部管理局長などの要職を兼任する辞令を受けた。
(4) 齋藤知事が、新県政推進室のメンバーとコミュニケーションを密にし、そのメンバーを通じて他の職員に知事の考え、政策を浸透させようとする傾向が強かったことが窺われる。ただ、後述するように、このような傾向は、幹部職員を含め、他の職員と知事とのコミュニケーションの不足を招く原因の1つになったと考えられる。
3 知事と職員との間のコミュニケーション
(1) 齋藤知事就任前の方法
ア 齋藤知事が就任する前は、県政の諸問題について、政策会議の名称で、各部の部長と公営企業管理者、その他の幹部職員が2週間に1度定期的に集合し、知事(井戸前知事)が担当者から報告を受けたり、対面して議論したりする場を設けていた。
また、各職員は、県政の諸問題について、必要に応じ、知事と面談して状況を報告ないしレクチャーし、協議をした。これを職員と知事は、内容に応じ、知事レク又は知事協議と呼んだ。
イ しかし、全ての問題が政策会議で取り上げられるわけではない。また、全ての問題について知事レクないし知事協議を行えるわけでもない。問題によっては、簡易な報告をすれば済むものもあるし、知事の意向を伺い、その指示に従って職員が行動すればよいものもあり、そのような問題についてまで知事協議ないし知事レクを行う必要はなかった。
ウ そこで、井戸前知事在任当時には、職員は、簡易な問題については、報告事項ないし知事の意向を聞きたい事項を短い文書(A4用紙1枚など)にまとめ、秘書課経由で知事の下へ届けた。井戸前知事は、それを自宅に持ち帰る等して文書を読む時間を取り、コメントを付してこれを返却する形でのコミュニケーションを行っていた。また、必要があると認識した案件については、時間を作って知事協議の場が設定されることもあった。
(2) 齋藤知事就任後の変化
ア 齋藤知事は、知事に就任後、数週間をかけて幹部職員から、県政の現状とそれを取り巻く環境等について報告を受けた。
イ しかし、県政の問題点は膨大にあり、状況も複雑であったため、数回の報告で県政の現状を細部にわたって齋藤知事が把握できるようにすることは困難であった。
そこで、幹部職員らは、齋藤知事が就任した後も、就任前と同様、簡易な問題や細かい問題については、これを短い文書にまとめ、秘書課経由で知事に提出していた。幹部職員らとしては、齋藤知事が、これを読み、必要に応じてコメントして返却する形での情報交換ができることを意図したものであった。
ウ しかし、齋藤知事は、紙ベースから脱却し、仕事をデジタル化することを目指していた。また、働き方改革として、報告書を自宅に持ち帰って検討することの適否も考えたようで、幹部職員から提出された文書用紙に返答をすることは極めて少なかったようである。
エ そこで、秘書課の職員は、提出された文書の重要部分に付箋を貼ったり、蛍光ペンで印を付けたりして知事が読みやすいよう工夫をしたが、齋藤知事が提出された文書を利用したコミュニケーションを積極的に活用するには至らなかった。秘書課の職員は、更なる対策として、提出された文書について、その要点をまとめて知事に口頭ないし簡単な図表等で伝えることとした。
しかし、それでも、必要な点が全て伝えられたわけではなく、知事との面談による協議が実施できなかった問題を中心に、職員と知事との間で認識の共有を図れないことが少なからずあった。
オ 齋藤知事としても、県政の諸点について過不足なく報告を受け、協議をする必要性は感じていたものと思われる。令和5年4月から、チャットシステムを導入し、報告ないし知事の意見聴取が必要な案件については、同年3月末で廃止された新県政推進室の主要メンバーないし部長クラスの職員を通じて報告を受け、あるいは協議をすることとなった。
カ なお、齋藤知事就任前に2週間に1度の頻度で定期的に開かれていた政策会議は、次第にその開催頻度が減少し、令和5年度には不定期にしか開かれなくなった。
(3) コミュニケーションギャップ
以上の状況のもと、面談による知事との協議が実施できなかった職員の中には、知事に対する報告、協議が進まず、政策を進めることができないことへの不満を抱えるようになった者が相当数存在した。他方、知事としても、「聞いていない」と感じる案件が増える結果、知事と職員との間のコミュニケーションにずれが生じる事象が多くなっていたようである。これは、後に述べるとおり、パワハラや不適切な言動が発生する1つの要因、背景事情となったと考えられる。
第3 職員に対するパワハラと不適切な言動ないし対応が現出した原因
1 コミュニケーションのギャップないし不足
(1) 上記「第2」3で述べたとおり、齋藤知事就任後においては、それ以前のように幹部職員が提出する書面を知事が読んで必要な情報を把握するといった方法が十分に機能しないなど、コミュニケーションギャップが生じる状況があった。
前述のとおり、齋藤知事は、兵庫県での勤務経験がなかったことから、このコミュニケーションギャップの結果として、県政を取り巻く状況や諸問題の具体的な内容及び前提となる知識について把握することができない部分が多く残っていたものと考えられる。
(2) 職員としても、説明をする際の要領の良し悪しには個人差があり、齋藤知事就任前の状況を当然の前提として話す者もおり、知事協議の場でも、必要な情報が知事に伝わらないケースもあった。
また、齋藤知事自身としても、政策や協議内容、タイミングによっては、職員の考えや前提となる背景事情を直接的に担当職員から聞こうとする姿勢が乏しいケ―スもあった(本調査委員会としてはパワハラ事案の調査をする中でそのようなケースが多かったと感じているが、それ以外の事案全部を調査しているわけではないため、全体として多かったのかどうかまでは言及しない)。
(3) 加えて、齋藤知事は、新県政推進室の主要メンバーを重用し、そのメンバーとは多く協議の機会を持ったが、その他の職員とは、第9章において述べた空飛ぶクルマの例のように、担当職員や所管の部長とさえ直接のコミュニケーションを取ろうとしないことがあった。
結局、知事と職員の間の情報伝達は、知事からと職員から、いずれの方向とも、新県政推進室のメンバーを通じて行われることが多かった。
(4) 間接的な情報伝達は、直接のコミュニケーションに比し、その精度が劣る。情報自体が伝わらない場合もあるし、正確性も低下する。
そのため、新県政推進室のメンバーを通じて行う間接的な情報伝達においては、職員からは、齋藤知事に情報が伝わっているか、知事がそれを理解しているかを確認する方法もなく、不安があったものと考えられる。
その結果、知事協議の時間を持てず、審理その他でも直接のコミュニケーションを持てない職員について、話を聞いてもらえない、知事の意向がわからず政策を前に進めることができないなどの不満が蓄積されるケースが発生していた。
また、新県政推進室のメンバーのみが知事と多くのコミュニケーションを取ることができ、その他の職員は知事と接する機会が少ない状況は、組織の分断と不透明感からくる相互不信をも生む要因となった。
(5) 以上に記載したコミュニケーションのギャップないし不足は、知事と各事業を担当する職員との間に多くの事例で認識のズレを生じさせた。これが結果として、知事の苛立ちの原因の1つとなり、職員に対するパワハラと不適切な言動等につながったものと考えられる。
2 職員に求める要求水準が高すぎたこと
(1) 齋藤知事は、職員へ求める仕事の要求水準が高かった。特に、広報関係とロジについては、職員に対し自主的に高い水準で仕事をすることを求めていた。
(2) 地方公務員の仕事に求められる高い公益性からすれば、高い水準を要求すること自体問題ではない。
しかし、職員にはそれぞれ能力と適性があり、全員が必ずしも要求に応えられるわけではない。また、相手のある仕事では、相手の意向と対応次第では、いかに能力があり、意欲がある職員であっても、高い水準の仕事をなし得ない場合がある。また、知事が求める内容を職員が当然には理解・把握できていない場合もある。
これらの点に十分配慮することなく高い水準の仕事を要求すると、相手にとって必要以上の負担を与えることになりかねない。
数例を挙げると次のとおりである。
SDGs関係の選定証授与式の件では、齋藤知事が、担当職員に対し、報道関係者が東京まで取材に来てその模様を報道するよう、マスコミと交渉することを金曜日の夜から土曜日にかけて繰り返し求めた。これは、報道関係者という相手がある問題なので、職員が自分だけでは実現できない業務であることを考えると、要求水準が高すぎたといえる。
また、はばたんペイの件では、知事として望んでいても、他の者は必要性があると感じない可能性があるにもかかわらず、齋藤知事がキャンペーン用のうちわに自身の顔写真とメッセージが載っていないことを問題視して、否定的な態度を示すことにより、デザインを変更したうちわを追加発注させるに至った。この例は、求められている内容を職員が当然には理解、把握できない場合にも、職員に対し知事の要求を推察することを求めるものであり、やはり高すぎる要求をしたものといえる。
さらに、齋藤知事は、幹部に対しては要求がより厳しく、夜間や休日にも頻繁にチャットで業務指示をしたり、報告を求めたりすることを繰り返した。このため、幹部がこのやり取りのために疲弊する状況が生まれた。
(3) 県政は、職員が自身の仕事に意義を見出し、意欲を持ってこれに取り組むときに、より発展しうる。その際に職員が最も注力すべきは政策や政策に向けた議論、協議自体の中身である。
しかし、チャットの例でみたとおり、余りに要求水準が高いと職員は疲弊する。広報やロジを重視しすぎると、多くの職員に萎縮効果を生む。ロジや広報と業務の内容との優先順位を誤解する職員を生む可能性もある。業務の内容そのものに注力したいのに、ロジや広報に必要以上に時間と労力を費やさなければならないことによって意欲を失う職員が出てくることも考えられる。
以上のとおり、齋藤知事の要求は、一部職員にとっては高きに過ぎるものであり、職員を疲弊させる原因になったと言わざるを得ない。また、齋藤知事がロジや広報等について厳しい態度をとり続けた結果、職員が萎縮し、ケースによっては政策の中身より知事の顔色を窺う傾向を生んだ面がある。これを職員側から見れば、知事や上司の反応を過剰に気にしなければならないため、県民のためや県民の方を向いた仕事ができないという不満につながり、知事らからの指導を理不尽だと感じる原因の1つにもなったと考えられる。
3 いくつかのパワハラ事例から検討すべき原因と問題点
(1) 斎藤知事は、第9章でみたとおり、下記の諸例において、事情を聞くことなくいきなり怒り出したり、過剰な要求を行ったりした(一部は上記2に挙げた例とも重なる。)
- ア 考古博物館の例、空飛ぶクルマの例、県立美術館休館の例、机を叩いて怒った例などにおいては、事情を聞く前に怒り出した。
- イ AIマッチングシステムや介護ロボット支援センターの例においては、相手との間にコミュニケーションギャップがあったのに、慎重に相手の語ることを聞かなかった。
- ウ 自身が思い付いたことがあると、チャットにより、深夜や休日でも、緊急性の有無にかかわらず、すぐに業務の指示をし、叱責することがあった。
- エ 考古博物館の例では、他者のいる前で、かつ、重要な会議の前であるのに強く叱責する等、主観的には指導であっても、その方法に配慮が欠ける面があった。
- オ 机を叩いた事案、片山元副知事に付箋を投げた事案のように、感情のコントロールができないことがあった。
- カ SDGs選定証授与式をめぐるマスコミへの対応要求などでは、職員に対する過度な要求がなされた。
(2) 相手の立場や人格を尊重すれば、いきなり否定せず、まず相手の話を聴くことになる。ゆとりを持てば、相手に足りない点や問題点を見出しても、包容することができる。1人のできることには限られていること、物事は複眼的に見る必要があることに留意すれば、じっくりと人の話を聴くことができる。相手の立場を思いやれば、相手の状況に配慮した行動をとることができる。何らかの働き掛けが必要なときでも、時期やタイミング、言い方には、自然と配慮が生まれる。
これらの要素が上手に組み合わせされた対応がなされていれば、齋藤知事と部下である県職員らとの関係において、パワハラを避け、適切な関係が形成できる可能性は高まる。
しかし、結果として、パワハラに該当する事実が存在したことは本調査委員会の認定するところである。その原因としては、前記1に記載したコミュニケーションの不足、同2で述べた高すぎる職員への要求のほか、齋藤知事において職員の話を傾聴する姿勢や自らの感情を制御する余裕が不足していたことも原因の1つであったと思料する。
確かに、齋藤知事の置かれた立場には様々な困難があったことは事実である。県政全般を総理する多忙な業務、20年続いた前知事の県政を引き継ぎつつ、それを変革しようとする難しい立場など、一定の範囲では職員との間でやむを得ない軋轢があったものと推察される。その中で、齋藤知事は、自身の職歴における経験も踏まえ、職員に高い水準の仕事を求めるものと思われるが、それが実際に職員の置かれた立場や職員のその時点での対応力に適合していなければ、組織としての動きはかえって鈍くなる。また、苛立つ場面があったとしても、対話より自身の感情を優先させて叱責すると、職員を導く意味での指導ではなくなってしまう。指導の目的であったとしても、必要な配慮を欠くために、職員が疲弊し、意欲が低下してしまうことになれば、効果的な公務の遂行につながらず、かえって県民の利益にならない。それらの点が十分意識されていなかったことが、パワハラを生じさせた背景、原因として指摘できる。
4 組織上の問題
(1) 知事とそれを取り巻くメンバーが同質的な集団となってしまったこと
齋藤知事は、知事に就任したとき、特に重要かつ早急に取り組むべき施策の策定・プロジェクト等の推進のための知事直轄の組織として、新県政推進室を新設したが、その中心メンバーには従前からの知り合いを任命し、組織の最幹部幹である本庁の部長はそのメンバーに加えなかった(B氏は部長級であったものの、本庁の部長ではなかったし、少なくとも他の部長級職員は誰もメンバーとなっていない)。そして、そのメンバーを人事、広報などの要職に任命した。
齋藤知事が重きを置いた新県政推進室のメンバー1人1人の個性や考えは、本来、それぞれ違ったものであるはずである。しかし、第9章で掲記したチャットメールを見ると、上記の者らは、知事から業務の指示が来ると、深夜や休日でも、「承知しました」、「すぐ取り掛かります」とその指示に従っている。また、叱責あるいは注意を受けると、SDGs選定証授与式に係る報道の件などで見られたとおり、それが理不尽な叱責であっても、「申し訳ありません」と謝罪することを余儀なくされている。
令和6年3月27日に本件文書について言及した齋藤知事の定例会見の後、B(小橋)氏は、元西播磨県民局長が本件文書を作成・配布したことについて、「処分を急がず、第三者の調査に委ねてはどうか」との趣旨の進言をしていた。しかし、知事からは前向きな反応がなく、その後は、片山元副知事を含め、B(小橋)氏も他の新県政推進室の主要メンバーも、齋藤知事に同様の意見をすることはなかった。
そして、B(小橋)氏を含めた新県政推進室の主要メンバーが、知事の職員に対するパワハラや不適切な言動、行き過ぎになりかねない態度を諫めたという事例は聞かれなかった。
以上からすれば、齋藤知事に重用されたメンバーは、本来1人1人違った考え方や感性を持ち、齋藤知事に対しても自由闊達に意見を述べて施策や進め方をよりよいものにしていくべき役割が期待されたはずであるが、齋藤知事就任後の経緯の中で、次第に知事を含めて同質性を有する状態になってしまい、知事にパワハラや不適切な言動があっても、それを諫めることはほとんどできない集団になってしまっていたと言わざるを得ない。
(2) 組織の分断
これまで見てきたとおり、新県政推進室のメンバーは、知事と日常的に接し、その考えを聞くことができた。また、知事に直接状況を報告することもできた。
しかし、その他の者は、政策会議の頻度が減ったこと等から、職位が上の部長クラスの幹部であっても、知事と接する頻度は新県政推進室の主要メンバーより少なかった。実際に実務を担当する課長級以下となると、知事との接触は更に少なく、書面による報告が機能しなくなったことから、知事への報告、伝達も、部長、あるいは新県政推進室のメンバーに頼らざるを得なくなった。事実、空飛ぶクルマの件では、その事業は産業労働部の所管であるのに、知事への報告と折衝は、当時企画部の局長であったF(守本)氏と服部副知事が担当した。
新県政推進室の主要メンバーは知事との接触が多いが、その他の者は幹部であっても知事とは接触できないという状況は、組織の分断を生む要素となった。そのことは、職員の不満の原因となっただけでなく、風通しのよい組織の構築を阻害し、コミュニケーションのギャップ・不足を生んだ面があることは否定できない。
(3) 自由闊達さに欠ける組織的な姿勢
齋藤知事やその周囲において、自由闊達さよりも異論を許さない雰囲気があり、これが組織風土に影響し、パワハラが生じる背景的な原因の1つでもあると考えられた。
具体的な例として、齋藤知事ではなく、片山元副知事が関与したことであるが、次のような出来事があった。
ア 齋藤知事が掲げた県立大学無償化に関し、県の組織とは別の外部の勉強会において、当該政策の問題点がテーマとなり、県の外郭団体に所属する元職員が県の姿勢と県会議員の意見の状況、議会の動き、政策の課題等について報告をした。
イ 後に、これを人伝てに聞いた片山元副知事は、外郭団体の幹部職員が県の重要政策について批判的な意見を述べたことは問題であると考え、その職員と面会し、「表現の自由があるから何を言うのも自由であるが、幹部が県の重要政策を公然と批判することは問題である。批判をするなら、今の職を辞してからにせよ。辞めるのであればそれもよいが、辞めないならその職にとどまることは問題である。」等と述べた。
ウ これに対し、元職員は、課題を述べただけであり、退職を迫られるような発言ではないと考えて反論したが、聞き入れられなかったため、片山元副知事の意見に従う内容の返答をした。
この出来事について、片山元副知事には、実際に当該職員を解任するまでの考えはなかったようであるが(そもそも、県に解任権があるのか疑問な内容であった)、県として統一された対応をとるべきとの価値観を念頭に、県の外郭団体幹部が外部に向けて県政の重要政策について批判的な言動を行うことは問題で、強く言わないと牽制にならないと思って、上記の発言をしたようである。
ただ、外郭団体職員としては副知事からこのように言われれば地位が危ういと感じるのは当然である。このような対応は、不合理な人事ではないかと感じられる他の例とも相まって、それが、職員らの間で「理不尽な左遷人事が行われていた」などといった噂が広まる要因にもなっていたと考えられる。
なお、片山元副知事は、本調査委員会のヒアリングにおいて、「県の管理者―体化の原則」として、「管理者は一体として同じ意見としてやらなければならない」、「県の姿勢に反対することを言うと県の一体性が崩れる」、「これは私個人の考え方ではなく、伝統的な組織の動き」と述べた。同じく兵庫県の公務員として、公務にあたっては、自身の意見と違っても統一された意思決定のとおり行動すべきであり、それの妨げとなるような個人の意思の表明を控えるべきという見解は一応首肯できる。しかし、公務そのものではなく、外部の勉強会すなわち個人の活動の場において私見を述べることについてまで、副知事がその者の身分に言及しながら強く制限するならば、多様な意見の形成や表現に対する萎縮効果が大きくなり、県政を発展させるための自由闊達な意見やアイデアが出てくることを妨げる懸念があると言わざるを得ない。
兵庫県において、職員による議論や多様な意思表明が事実上過度に制限される状況があるならば、それは、政策の課題を多面的に検証し、県民のためのより良い政策、ブラッシュアップされた政策を形成することの阻害要因になりうる。さらには、パワハラをはじめとするコンプライアンスに反する問題の原因にさえなりかねない。
公務における組織的な一体性は損なわず、しかし、職員1人1人が県政の課題について県民のためになるかを第一に自由な発想で多様な意見を持つこと自体は尊重され、職員がそれを上位者に対して伝えることにも大きな躊躇を覚えず、自由闊達な議論に基づき政策形成していけるようなバランスの取れた組織文化を目指すことが望ましい。
5 兵庫県の職員風土上の問題点
(1) パワハラ防止意識の浸透が十分でないこと
ア 本調査委員会がパワハラである、あるいは不適切な言動であると認定した事案について、職員の一部からは、「もっとひどい例も経験したことがある」「過去にももっとひどいパワハラがあった」「これくらいであれば我慢できる」等といった声が複数聞かれた。特に年齢が高く、上位の職にある者にその傾向が強かった。
イ しかし、他にもっとひどい例があったとしても、そのパワハラが許される理由にはならない。
ウ パワハラは、直接の相手が受けた影響のみを考えて済むものではない。周りの職員の就業環境を害するし、その職務に関係する職員を委縮させる。時には勤労意欲を阻害する。職員が委縮し、あるいは、勤務意欲を失ったとき、その影響で最終的な損失を被るのは、県民である。他の職員に対する萎縮効果、就業環境を害する意味でも、パワハラは、その軽重にかかわらず許してはならないのである。
エ 1つのパワハラを許せば、反省や改善の機会はなくなり、他のさらなるパワハラが繰り返されることにつながる。
かつてコンプライアンス意識が浸透していなかった時代に横行したパワハラを当たり前とする感覚が現代に通用することは有り得ない。労働施策総合推進法が成立、施行するなど、社会的要請だけでなく法整備も進んだ時代に合わせて、県職員全体がこの感覚をアップデートする必要がある。
(2) 我慢強い職員風土
ア 本調査委員会が知り得た限り、兵庫県の職員は、総じて極めて勤勉に公務に向き合っている傾向が強いと感じた。そして、組織人として、上司の指示には極力応えようと、自身の負担が大きくなる場面でも我慢強く公務を遂行する姿勢が多く窺われた。
齋藤知事の要求に対しても、その要求がときに過大であったとしても、職員は、指示されたこと、要求されたことを可能な限り遂行しようとした事例が多かった。また、直接指示されないことでも、知事の重視する点(特に広報やロジなど)について、先回りして、県民のため、組織全体でこれに応えなければならないと考えて公務にあたっていた職員は多くいた。
しかし、反面、パワハラなどの問題がある就業環境においては、この我慢強さが問題を温存し、助長する原因になり得る。
すなわち、本来高すぎる要求であっても1つの要求に応えることができると、次に要求される水準はさらに高くなる。兵庫県の職場には、我慢強く極力要求に応じるべく職務を遂行することにより、上位者の要求水準をエスカレートさせる職員風土があったと考えられる。職員が真面目に頑張ること自体は評価すべきではあるが、就業環境を害する結果になることをも省みず、上司の要求に応えようとする職員風土、空気感は改善されなければならない。
イ このような我慢強い職員風土に鑑みれば、パワハラ問題について、対象職員がパワハラであるとの申告をしない場合であっても、客観的にパワハラにあたる事象があればこれを看過することなく、適切な対応を行い、改善に繋げなければならない。
兵庫県に限らず、民間企業でも、被害者自身がパワハラを受けているという自覚のないままに継続的に被害を受け続ける例は一般に存在し、それが深刻な結果を生むケースは少なくない。
ましてや、我慢強い職員風土のある兵庫県において、被害者がパワハラであるとの自覚のない場合にこれを問題なしとしてしまうと、職員の真面目さや我慢強さに対して組織や上司が乗ずることにつながり、当該職員はもとより県全体の就業環境が改善されないままとなる点に特に留意する必要がある。
(3) まとめ
以上のとおり、兵庫県には、パワハラ防止意識の浸透が不十分であると思われる面があり、また、我慢強い職員風土が現状においてはパワハラを温存してしまうことにつながる面がある。これが、本調査委員会が認定した幾つかのパワハラないし不適切な言動の背景的原因の1つとなったものと考えられる。
6 ハラスメント防止指針・措置状況の問題点
兵庫県においては、ハラスメント防止指針が制定され、相談窓口が設けられている。
しかし、ハラスメント相談の受理件数は、令和5年度が8件(内パワハラは8件)、令和6年度は7件(内パワハラは6件)で、県の組織規模からするとその数は少ない。
その原因としては、前記4の職員風土の問題もさることながら、これ以外にも、本件文書問題が起こり、内部公益通報がなされて改善措置が取られるまで、県の定める内容の公益通報についてすら外部の相談窓口がなかったこと、知事や副知事はハラスメント防止に関する研修を受けていなかったこと、現在も、知事がハラスメントの主体となったときの調査体制は定められていないことなどが挙げられる。
本調査委員会は、ハラスメント防止に向けた兵庫県の体制が十分でなかったこと、適切に機能していなかったことも幾つかのパワハラないし不適切な言動が生じた原因の1つとなったものと考える。
第4 公益通報制度がうまく運用できなかった要因
1 概論
本件が、公益通報者保護法の観点から見て違法・不当の問題をはらむ事案であったことは第10章において詳しく述べたとおりである。
本来であれば、まず、本件文書を、間接的に受領した事業者(本件では兵庫県)は、本件文書の文面から判断して、「外部公益通報に該当する可能性があり、名指しされている利害関係人が文書の取扱いに関与してはいけない」という意識をもって対応すべきであり、そのように対応していれば違法、不当な取扱いとなる事態は防げたものである。
当時、知事らが令和2年に改正された保護法や指針の規定を熟知していなかったとしても、保護法の趣旨であり現代の社会的要請でもある公益通報者保護の精神を尊重する姿勢を持っていれば、保護法の定める公益通報に当たるかの厳密な判断はできずとも、県政について問題点を告発する文書を匿名で発出した者について通報者の探索を行うことを控えることはできたはずである。匿名通報者の探索が問題の告発に対する萎縮効果を生むことになるという道理は、県政を担う者としては、具体的な法律知識以前の問題として十分意識しておくべきものだからである。
しかし、実際にはそうならなかった。B(小橋)氏や人事課担当者らの進言、網紀委員会における問題提起など、適切な取扱いに戻るためのきっかけは何度もあったが、齋藤知事をはじめとして幹部たち全体としてこれらの進言等を取り入れるに至らなかった。
また、知事をはじめとする幹部らが適切な判断をできなかった場合でも、当該事案に備えたシステムが構築されていれば、仮に、個人が公益通報者保護法に反する行動をとろうとしたときでも、これを未然に防ぐことができるはずである。しかし、これも実際にはそうならなかった。兵庫県においては、3号通報が何らかの形で県に伝わった場合や、通報対象者が知事や副知事であった場合を想定した体制が未整備であり、本件に対応することはできなかったのである。
以下では、これらの点を中心に、本件で公益通報制度がうまく運用できなかった背景となる要因を具体的に検討する。
2 コミュニケーション不足を背景とする批判耐性、冷静さの欠如
第3の1で述べたところとおおむね一致するが、知事と職員のコミュニケーション不足は、認識のそごを生じさせ、結果として、知事の苛立ちの原因の1つとなり、それが知事の批判耐性を弱め、自身を非難する内容の言説に接したときに、冷静な判断を欠いたまま、違法不当な対応につながってしまったものと考えられる。
本件文書には、事実であると確認できない情報や、人格攻撃、揶揄とも受け取られかねない穏当でない表現とした箇所がああるので、名指しされた者にとって、たとえ内容が事実でないとしても、不快感を抱かせるものであったことは理解できる。
もっとも、批判が常に冷静で節度を持った言葉で語られることなどはありえないことは、選挙や現実の政治世界で戦ってきた知事であれば当然経験してきたことである。県知事という立場にもなれば、諸々の政治課題に対して、一つ一つ決断し、両論ある問題では、採用されなかった立場の側から事後にも強い批判にさらされることもあるはずで、本件文書の発見が知事らにとって経験した事もない異常な事態だったとは考えられない。外部公益通報であるとの意識を当時持てなかったとしても、わざわざ告発者を探すことまではしないというのも十分可能な対応だったと言える。
しかし、知事は、本件文書における批判を正面から受け止めないばかりか、本件文書について通報者の探索を含む措置を正当化する方向でのみ解釈し、自らが主導して保護法や指針が禁止する通報者の探索を含む調査を指示するに至った。齋藤知事等が冷静さを欠いていたことについては、令和6年3月27日の記者会見での言動が最も端的に示しており、その結果、人事課等から提示された想定問答にも、事前の打合せでも出ていなかったような強い言葉が、感情的な対応の中で飛び出してしまったと考えられる。
3 組織上の問題
上記第3の4で分析したとおり、兵庫県には、知事と中心メンバーが集団として同質的な状態になっていたこと、組織の分断、自由闊達さに欠ける組織的姿勢といった問題があったものと考えられる。
違法不当な対応が生じそうになったときでも、本来は組織的な対応の中でそれをカバーし、あるべき対応を確保する機能が働くはずであるが、知事と周りの中心メンバーが同質的な状態になってしまっていたために、たとえば、B(小橋)氏が本件文書を第三者により調査すべきと述べたことも、知事に届く意見にはならず、進むべき方向を修正するに至らなかった。
また、本件文書にその問題を指摘される利害関係者である齋藤知事や片山元副知事を中心としたメンバーが対応してしまった要因には、知事らと他の職員との間の分析という背景もあると考えられる。
以上の要因が重なり、いわば組織的な安全装置が働かない状態になったという側面は否定できない。
4 制度上の問題
上記2及び3で述べたように、知事個人や中心メンバーらによる組織統治の問題は、本件で公益通報制度がうまく機能しなかった要因の一部ではあるが、問題はそれだけにとどまらない。仮に、知事や幹部の行動に問題があったとしても、県として適切な対応が行われるように制度やシステムが構築されるべきである。そこで、そのような観点から、兵庫県の状況に問題がなかったかを検討する。
(1) 兵庫県独自の公益通報制度
県では、保護法の趣旨に即し、県職員等からの業務遂行に当たって知り得た法令違反、職務上の義務違反等についての通報を処理する制度の実施に関し、必要な事項を定めることにより、法令遵守の徹底を図り、もって県民の公益の保護に資するとともに、組織の活性化及び健全化を図り、より透明で公正な県民に信頼される県政を推進することを目的として、「兵庫県職員公益通報制度要綱」が定められている(本件文書による3号通報が行われた当時のものは添付資料12)。
同要綱は保護法に基づき公益通報に対応するための窓口の設置、調査の実施や通報者の保護などについて定めたものであり、通報対象事実については、保護法の対象よりも拡大し、①法令違反の事実、②職務上の義務違反の事実、③前2号に準ずるものとして、県政を推進するに当たり県民の信頼を損なうおそれのある事実とされている。また、同要綱は、通報者の探索を禁じ、利益相反関係の排除に関する規定も整備されている。
(2) 保護法の趣旨の浸透不足、制度設計の未整備
しかし、この制度は、以下の事情から十分な機能を発揮しなかった。
外部公益通報が間接的に県に届く事態もある程度想定されるものであり、本件のように、知事や幹部らが外部公益通報を独自に把握してしまう場合も全く稀有な例とはいえない。しかしながら、兵庫県では、本件のような事態を想定した制度設計が整備されていなかった。前記要綱も基本的に内部公益通報を想定して策定されたものと思われ、同要綱に基づき外部公益通報が間接的に県に届く事案に対する対応をすることは困難であった。公益通報は突然なされることが多いが、事前に準備していないことに対しては適切な対応はできないものである。今後、兵庫県は、様々なケースを想定して、公益通報がなされた場合における県の適切な対応の在り方を模索すべきである。
具体的には、保護法の趣旨を全体に共有し、その観点から地方自治体が備えておくべき体制を再点検するとともに、必要に応じて要綱を改正し、様々なケースを想定した事前の対応方法を取り決め、これを様々な部署が連携できるよう日頃から研修等を行い、その大切さをトップである知事がメッセージとして職員らに伝えるべきであろう。
なお、本件を契機として、兵庫県職員公益通報制度が改められ、公益通報をしやすい体制を構築するため、公益通報の外部窓口が設置され(添付資料13及び14)、これを兵庫県弁護士会の推薦する弁護士が担当することになった。しかし、外部窓口を受託する弁護士の業務は、公益通報メールの受付けと、通報者要件の確認、通報内容の確認、受理不受理意見書の作成とされているところ、通報内容の確認としてどの程度の権限があるのか明らかでない。通報内容の調査の実施は、引き続き、知事部局を中心として行うことになっている。本件のように知事や副知事らが通報対象だった場合について問題点を抽出して業務フローを整理し、具体的な運用方法を明文化して示すことも行われていない。これらの点については見直し又は制度の整備が必要である。また、公益通報について、必ずしも既存のマニュアルにあてはまらないケースが生じる可能性は常にあるから、その場合は、保護法の趣旨に立ち返り、慎重な対応をするよう周知すべきである。
5 情報管理に関する問題
本件においては、別の調査委員会が調査をしている事案ではあるが、この間の兵庫県の情報管理については公益通報者保護の観点から見て看過できない問題があるので、以下、本調査委員会の考えるところを述べる。
(1) 基本的な視点
ア 公益通報についての調査は、もっぱら、保護法2条の公益通報対象事実該当性と同法3条以下の保護要件について行われるべきものである。
イ その調査の過程で、通報者に非違行為があることが判明した場合、その行為が懲戒処分の対象とされることはありうるが、それは保護法とは別の領域の問題である。通報は、内容が真実であれば、それだけで組織の健全性と法令遵守社会の発展に役立つものであって、通報者の個性やその者に非違行為があるかとは別の問題である。
ウ 通報者の私的な情報は、内容によっては通報者の個性や非違行為を表すことがあるが、公益通報をどう扱うべきか、通報内容の真偽とは関係のない情報である。
エ 保護法の問題を論じるに当たっては、以上の点を整理して考えておく必要がある。
(2) C(井ノ本)氏の行動について
ア 本件百条委員会において、複数の県会議員は、当時の総務部長であるC(井ノ本)氏が当該議員に対し、元西播磨県民局長の公用パソコン内に保存されていたデータを印刷したものであるとして、元西播磨県民局長作成に係る私的な情報を見せ、あるいは、その内容を読み上げたと証言した。
イ C(井ノ本)氏は、本件百条委員会において、刑事罰を受ける可能性があるとして、上記の事実についての証言を拒否しているので、真偽のほどは不明である。
ウ しかし、その情報は、元西播磨県民局長としては人に知られたくない内容のものであったごとくであるから、秘密に当たる可能性が高い。複数の議員の証言が事実とするなら、C(井ノ本)氏には、プライバシーに対する配慮が欠けると言わなければならない。
エ 公用パソコン内のデータは、県当局が行った元西播磨県民局長に対する探索行為の結果見つかったものであるから、その情報は、公務を通じて知りえた秘密である。とすると、C(井ノ本)氏の行為は、それが事実であれば、地方公務員法の定める守秘義務に違反する可能性もある。
オ C(井ノ本)氏は、当時総務部長であり、公務を通じて知りえた情報を厳重に管理すべき立場にあった。その役職からして、率先して個人のプライバシーを尊重すべき立場にもあった。
カ C(井ノ本)氏が元西播磨県民局長の私的な情報を流出させたかについては、現在、兵庫県が依頼した弁護士が調査をしているとのことで、その結果を待つほかない。しかし、万一、事実であるとすれば、極めて重大な問題である。そのような事態があるようでは、県当局の情報管理は、職員や県民から信頼を得られるものではない。
(3) 齋藤知事の令和7年3月5日の記者会見における発言について
ア 齋藤知事は、本年3月5日、本件百条委員会が提出した報告書に関する質問に答える中で、元西播磨県民局長が使用していた公用パソコン内の私的文書を公開する可能性について、これを検討する旨の発言をした。
イ しかし、元西播磨県民局長の公用パソコン内の情報のうち、私的なものは、先に述べたと同様、これを公開すべき理由はない。不正の目的の有無に関する情報の公開を検討する趣旨であったとしても、それは人事の秘密にわたることで、軽々に取り扱うべきものではない。「わいせつな文書を作成していた」とも述べたが、その言は、事態を収束させる方向に導くものではない。むしろ、混乱を招くだけである。
知事もまた、県当局が取得した情報について、これを慎重に管理する意識が乏しいと言わざるを得ない。
(4) 選挙中にSNSで拡散したデータについて
令和6年11月に実施された兵庫県知事選挙においては、元西播磨県民局長の公用パソコン内のデータから得られたものであるとして、様々な情報がSNSで拡散された。
その真贋は不明であるが、本物のデータが流出していたとすれば、県当局のサーバーへ不正にアクセスがなされた結果でない限り、職員からの情報漏洩であると考えざるを得ない。そうだとすれば、県当局の情報管理には問題がある。
(5) まとめ
以上は、本件文書問題が公益通報者保護法の観点から見て問題があるのではないかが議論され始めた後に生じた事案であり、発言である。それだけにこの問題の根は深い。兵庫県に対しては、公益通報者保護の意義を改めて確認し、職員の私的な情報を慎重に取り扱うよう求める。また、万一にも情報流出などが生じた場合には、適切に対応されるよう求める。