第三者委員会報告書 第4章 令和3年7月兵庫県知事選挙

第三者委員会報告書 第4章 第三者委員会
  1. このページについて
  2. 調査報告書(文字起こし) 第4章
    1. 第4章 本件文書に記載された事項2の調査結果
      1. 第1 本件文書の記載
        1. 1 記載内容(以下、原文のまま引用)
        2. 2 趣旨
      2. 第2 判断の前提事項
      3. 第3 事実認定
        1. 1 関係者らの関係
          1. (1) 齋藤知事(以下「齋藤氏」ともいう。)とB(小橋)氏
          2. (2) 齋藤知事とC(井ノ本)氏
          3. (3) 齋藤知事とD(原田)氏
          4. (4) 齋藤知事とF(守本)氏
          5. (5) 齋藤知事とH(三宅)氏
        2. 2 齋藤知事が令和3年の兵庫県知事選挙に立侯補し、当選した経緯
          1. (1) 齋藤知事が兵庫県議会議員と知り合った経緯
          2. (2) 齋藤知事が令和3年の兵庫県知事選挙に立候補し、当選した経緯
        3. 3 齋藤知事が令和3年知事選挙に立候補を表明した後の関係者らの関与
          1. (1) B(小橋)氏
          2. (2) C(井ノ本)氏
          3. (3) D(原田)氏
          4. (4) F(守本)氏
          5. (5) H(三宅)氏
        4. 4 齋藤知事が知事に就任した後の関係者らの処遇
          1. (1) B(小橋)氏
          2. (2) C(井ノ本)氏
          3. (3) D(原田)氏
          4. (4) F(守本)氏
          5. (5) H(三宅)氏
      4. 第4 評価
        1. 1 令和3年知事選挙の事前運動、選挙運動について
          1. (1) 公職選挙法、地方公務員法の規定
          2. (2) B(小橋)氏の行為について
          3. (3) C(井ノ本)氏、D(原田)氏及びF(守本)氏の行為について
          4. (4) H(三宅)氏の行為について
          5. (5) 小括
        2. 2 論功行賞による昇任について
          1. (1) B氏、C(井ノ本)氏、D(原田)氏及びF(守本)氏の昇任について
          2. (2) H(三宅)氏
          3. (3) 小括
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このページについて

当ページには、告発文書の内容の真偽を確認する「文書問題に関する第三者調査委員会」が2025/3/19に公表した調査報告書の、「第4章 令和3年7月兵庫県知事選挙」について文字起こしを掲載しています。

当報告書の全容は、以下リンク先を参照ください。

青文字やカッコ書きの人名は、当ブログ管理人が推測で補った箇所です。

文字起こしにOCRを利用しています。誤認識は目視確認で修正していますが、修正漏れもあると思います。気づかれた方は、XのDM等でご連絡いただければ、適宜修正します。

調査報告書(文字起こし) 第4章

第4章 本件文書に記載された事項2の調査結果

―令和3年7月に実施された兵庫県知事選挙をめぐる問題について―

第1 本件文書の記載

1 記載内容(以下、原文のまま引用)

② 知事選挙に際しての違法行為

令和3年7月18日執行の兵庫県知事選挙に際して、兵庫県職員であるC(井ノ本)、D(原田)、B(小橋)、H(三宅)は、選挙期間以前から齋藤元彦立候補予定者について、知人等に対する投票依頼などの事前運動を行った。H(三宅)氏は自分の居住地であるa(三木市)役所幹部等に対して「自分は選挙前から齋藤のブレーンだった。お前ら言うこと聞けよ」と恫喝している。

○公職選挙法違反、地方公務員法違反

また、選挙公約の作成、選挙期間中の運動支援など、多岐にわたり選挙運動を手伝った。

○地方公務員法違反

その時の論功行賞で、この4名はそれまでの人事のルール無視でトントン拍子に昇任。結果的に彼らが行ったことを裏付けすることとなっている。

2 趣旨

本件文書が指摘する問題は、①齋藤知事が立候補した令和3年7月18日の兵庫県知事選挙に際し、兵庫県職員であるC(井ノ本)氏、D(原田)氏、B(小橋)氏及びH(三宅)氏が行った投票依頼などの事前運動につき公職選挙法違反及び地方公務員違反がある、②上記選挙の際、同職員らが多岐にわたり選挙運動を手伝ったことは地方公務員法違反である、③同職員らが選挙後に異例の昇任をしたことは論功行賞人事であるとの趣旨であると考えられる。

なお、本件文書が掲記したC(井ノ本)氏、D(原田)氏、B(小橋)氏及びH(三宅)氏のほか、F(守本)氏についても、本調査委員会が開設したホットラインヘの情報提供等によって上記選挙に関与した旨の指摘があったため、同氏についても調査の対象とした。

第2 判断の前提事項

関係者の略歴は、第2章の第4に記載したとおりである。
なお、第2章の第4に記載されていない(本件文書に掲記されていない)F(守本)氏の略歴は以下のとおりである。

(F(守本)氏の略歴)

  • 平成4年4月 兵庫県に入庁
  • 平成29年4月 企画県民部ビジョン局ビジョン課長兼地域創生局地域創生課参事・地域振興課参事に就任
  • 平成31年4月 企画県民部ビジョン局長兼危機管理員に就任
  • 令和3年8月 新県政推進室次長兼企画県民部ビジョン局長・危機管理員に就任
  • 令和4年4月 新県政推進室次長兼企画部総合企画局長に就任
  • 令和5年4月 企画部長に就任

第3 事実認定

1 関係者らの関係
(1) 齋藤知事(以下「齋藤氏」ともいう。)とB(小橋)氏

(小橋)氏は、平成25年4月、兵庫県企画県民部管理局人事課長に、齋藤氏は、同年7月、宮城県総務部市町村課長に就任した。両者は、いずれも平成23年3月11日に発生した東日本大震災の復興支援として兵庫県から宮城県に職員を派遣する業務を担当していたところ、B(小橋)氏は、平成25年5月ないし6月ころ、職員派遣について協議するために宮城県へ出張した際、齋藤氏と知り合った。その後、両者は、齋藤氏が神戸市へ帰省した際や齋藤氏が総務省に復任後にB(小橋)氏が東京都へ出張した際などに酒食をともにするなどし、齋藤氏が平成30年4月に大阪府財務部財政課長に就任した後も同様の交流を続けていた。

(2) 齋藤知事とC(井ノ本)氏

(井ノ本)氏は、平成24年4月、兵庫県企画県民部管理局人事課課長補佐兼調査係長に就任し、前記(1)の職員派遣を担当していたところ、平成25年7月に宮城県総務部市町村長課長に就任し、上記職員の受入れを担当することになった齋藤氏と知り合い、その後、齋藤氏が神戸市へ帰省した際に酒食をともにするなどして交流を続け、齋藤氏が大阪府財務部財政課長に就任した以後は大阪市内で会食したこともあった。

(3) 齋藤知事とD(原田)氏

(原田)氏は、C(井ノ本)氏と同年に兵庫県に入庁し、かねてから懇意な間柄であったことから、齋藤氏が総務省自治税務局都道府県税課課長補佐在任中の平成28年ころ、齋藤氏がC(井ノ本)氏と会食する機会に同氏に誘われて参加したことを契機に齋藤氏と知り合い、その後、C(井ノ本)氏とともに齋藤氏と会食するなどの交流があった。

(4) 齋藤知事とF(守本)氏

(守本)氏は、齋藤氏が大阪府財務部財政課長在任中に兵庫県職員らとの懇親会に参加した際、初めて齋藤氏と会ったが、ほとんど会話したことはなかった。

(5) 齋藤知事とH(三宅)氏

齋藤氏は、大阪府財務部財政課長在任中の平成30年11月23日に令和7年に大阪・関西万博(以下「万博」という。)が開催されることが決定したことを受け、万博に向けて兵庫県内各地の農業や地場産業の現場を観光資源として観光客を誘致する構想を抱いていたところ、そのころ、兵庫県a(三木市)長や同市の職員から同市の特産品である刃物や酒米である山田錦を宜伝するためにそれらの現場を見学させる取組みをしていることを聞き、その職員の案内でそれらの現場を訪問したことがあり、そのころ、当時北播磨県民局に勤務し、北播磨地域へのツアーを企画して観光客誘致を図ろうとしていたH(三宅)氏を紹介された。その後、齋藤氏は、自らと同様の構想を有していたH(三宅)氏、上記職員及び兵庫県内の民間事業者らと意見交換を重ね、世界各国から万博に訪れる観光客を兵庫県内の「フィールドパビリオン」に招くことを目的として令和7年に「ひょうご民博」を開催することを計画し、令和元年11月13日、その取組を紹介するために「ひょうご民博2025」と題するFaceBookページを立ち上げた。なお、齋藤氏は、このような活動を公務としてではなく、有給休暇や休日を利用して私人として行った。

2 齋藤知事が令和3年の兵庫県知事選挙に立侯補し、当選した経緯
(1) 齋藤知事が兵庫県議会議員と知り合った経緯

齋藤氏は、令和2年夏ころ、兵庫県選挙区選出の参議院議員で自由民主党兵庫県支部連合会会長であるK(末松信介?)議員の招集により、当時の兵庫県議会自由民主党は議員団(以下「自民党議員団」という。)に所属していたL(内藤兵衛)議員及びM議員と会食し、その際、兵庫県政の状況等も話題に上った。

その後、L(内藤兵衛)議員とM議員は、齋藤氏は次期兵庫県知事として適任であると考え、自民党議員団に所属していた兵庫県議会議員らに齋藤氏を紹介することとし、齋藤氏を自民党議員団所属の兵庫県議会議員、C(井ノ本)氏ら兵庫県職員、報道関係者らが参加する懇親会に招くなどした。自民党議員団に所属していたN議員やO議員らも、このような過程で齋藤氏と知り合った。

(2) 齋藤知事が令和3年の兵庫県知事選挙に立候補し、当選した経緯

ア 井戸前知事は、令和2年12月11日、令和3年の兵庫県知事選挙(以下「令和3年知事選挙」という。)に立候補せず、同年7月末日の任期満了をもって退任する旨表明した。

イ 自民党議員団は、令和2年12月11日、当時、兵庫県副知事であった金澤氏に令和3年知事選挙に立候補することを求める方針を決定し、同月25日、金澤氏に立候補要請書を交付した。金澤氏は、これを受け、令和3年3月24日、副知事を辞職し、立候補を表明した。しかし、自民党議員団に所属する議員のうち、金澤氏支援に反対するL(内藤兵衛)議員、M議員、N議員及びO議員ら11名は、同日、自民党議員団に退団届を提出し、同月25日、齋藤氏に立候補を要請した。

ウ 日本維新の会の地域支部である兵庫維新の会も、同月28日、齋藤氏に立候補を要請した。齋藤氏は、同月31日、大阪府・総務省を退職して立候補を表明し、これを受けて日本維新の会は、同年4月6日、齋藤氏の推薦を決定した。

エ 自由民主党本部は、同月12日、齋藤氏の推薦を決定したが、自民党議員団は、同月16日、金澤氏を支援する方針を改めて表明した。

オ 自民党議員団に退団届を提出していた兵庫県議会議員11名は、同月2日、自民党議員団から除名処分を受け、その後、L(内藤兵衛)議員を幹事長として自由民主党兵庫議員団(以下「自民党兵庫議員団」という。)を結成し、齋藤氏を支援した。

カ 令和3年知事選挙は、同年7月1日、告示され、齋藤氏と金澤氏を含めて5名が立候補し、同月18日、投開票が執行され、齋藤氏が当選した。

3 齋藤知事が令和3年知事選挙に立候補を表明した後の関係者らの関与

本件調査において得られた資料、証言等に基づいて認定することができた関係者らの関与は、以下のとおりである。

(1) B(小橋)氏

(小橋)氏は、当時、中播磨県民センター長として勤務していたところ、齋藤氏が選挙期間中に同センターの庁舎前で街頭演説をした際、演説の内容、聴衆の人数等の状況を把握し、知事のほか兵庫県の各県民局長や県民センター長らが参加する会議の場で報告するため、これを傍聴した。なお、B(小橋)氏は、金澤氏が姫路駅前で街頭演説をした際も、同様の目的で同駅前に赴いて傍聴した。

(2) C(井ノ本)氏

(井ノ本)氏は、当時、企画県民部地域創生局長として勤務していたことから、齋藤氏を支援していた自民党兵庫議員団に所属する兵庫県議会議員の要請を受け、兵庫県内各地域の人口動態等について情報を提供した。また、C(井ノ本)氏は、齋藤氏が投票日前日の土曜日に神戸市中央区三宮で街頭演説をしていた際、偶然通り掛かったことがあり、そのすぐ近くで金澤氏も街頭演説をしており、その場も通り過ぎた。

(3) D(原田)氏

(原田)氏は、当時、病院局管理課長兼健康福祉部健康局医務課参事として勤務していたことから、 O議員から要請を受け、同議員に対し、そのころ急速に感染が拡大しつつあった新型コロナウイルス対策に関する情報や資料を提供し、さらに、齋藤氏、L(内藤兵衛)議員、M議員及びN議員と面談し、同対策について説明した。

(4) F(守本)氏

(守本)氏は、当時、企画県民部ビジョン局長であったことから、令和3年4月ないし5月ころ、O議員から要請を受け、県政全般についての課題や施策、今後求められる取組等についてまとめたWordファイルのデータを作成し、O議員に渡した。同議員は、そのデータを編集し、「さいとう元彦の約束」と題する公約集を作成した。

(5) H(三宅)氏

(三宅)氏は、前記第3の1(5)のとおり、齋藤氏らとともに「ひょうご民博2025」を企画していたが、令和2年4月に病院局企画課副課長に就任した後は齋藤氏との交流は特になく、齋藤氏が令和3年知事選挙の公約の1つとして「兵庫フィールドパビリオン」を掲げるに当たっても、これに関与したことはなかった。

(三宅)氏について、本件文書には、a(三木市)役所幹部等を恫喝した旨記載されているが、H(三宅)氏がこのような言動をした事実は認められなかった。

4 齋藤知事が知事に就任した後の関係者らの処遇
(1) B(小橋)氏

(小橋)氏は、令和3年8月10日、新県政推進室長兼中播磨県民センター長に任命され、同月16日、中播磨県民センター長を免じられ、同月23日、企画県民部長に兼補され、令和4年4月1日、新県政推進室長兼総務部長に任命されたが、令和5年3月31日に新県政推進室が廃止されたことから、令和5年4月19日、総務部長に、令和6年4月1日、理事にそれぞれ任命された。

(2) C(井ノ本)氏

(井ノ本)氏は、令和3年8月10日、新県政推進室次長兼企画県民部地域創生局長に、同月16日、新県政推進室次長兼秘書広報室長に、令和4年4月1日、新県政推進室次長兼総務次長・秘書広報室長に、令和5年4月1日、県民生活部長に、令和6年4月1日、総務部長にそれぞれ任命された。

(3) D(原田)氏

(原田)氏は、令和3年8月10日、新県政推進室次長兼健康福祉部健康局医務課参事に任命されるとともに病院局管理局長に兼補され、同月16日、新県政推進室次長兼企画県民部管理局長・危機管理員に任命されるとともに病院局管理局長を免じられ、令和4年4月1日、新県政推進室次長兼総務部職員局長・元町プロジェク卜室長に、令和5年4月1日、産業労働部長にそれぞれ任命された。

(4) F(守本)氏

(守本)氏は、令和3年8月10日、新県政推進室次長兼企画県民部ビジョン局長・記危機管理員に、同月16日、新県政推進室次長兼企画県民部政策調整局長・広域調整課長・科学情報局科学振興課参事・健康福祉部感染症等対策室参事にそれぞれ任命され、同月23日、企画県民部政策調整室広域調整課長兼科学情報局科学振興課参事兼務を、同年11月1日、健康福祉部感染症等対策室参事をそれぞれ免じられ、令和4年4月1日、新県政推進室次長兼企画部総合企画局長に、令和5年4月1日、企画部長にそれぞれ任命された。

(5) H(三宅)氏

(三宅)氏は、令和3年9月21日、病院局企画課長及び健康福祉部感染症等対策室感染症対策課参事に兼補された後、令和4年4月1日、企画部万博推進室万博推進課長に、令和5年4月1日、企画部万博推進局長にそれぞれ任命された。

第4 評価

1 令和3年知事選挙の事前運動、選挙運動について
(1) 公職選挙法、地方公務員法の規定

選挙運動とは、特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為とされているところ、公職選挙法129条は、選挙運動は、公職の候補者の届出のあった日から当該選挙の期日の前日でなければすることができない旨規定し、いわゆる事前運動を禁止している。また、同法136条の2第1項は、国又は地方公共団体の公務員は、その地位を利用して選挙運動をすることができない(同項1号)旨規定し、同条2項は、国又は地方公共団体の公務員が公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(公職にある者を含む。)を推薦し、支持し、又はこれに反対する目的をもってする、その地位を利用して、公職の候補者の推薦に関与し、若しくは関与することを援助し、又は他人をしてこれらの行為をさせること(同項1号)、その地位を利用して、投票の周旋勧誘、演説会の開催その他の選挙運動の企画に関与し、その企画の実施について指示し、若しくは指導し、又は他人をしてこれらの行為をさせること(同項2号)は、同条1項の禁止行為に該当するものとみなす旨規定している。

地方公務員法36条2項は、一般職に属する地方公務員は、公の選挙又は投票において特定の人又は事件を支持し、又はこれに反対する目的をもって、公の選挙又は投票において投票をするように、又はしないように勧誘運動をする(同項1号)政治的行為をしてはならない旨規定している。

(2) B(小橋)氏の行為について

(小橋)氏が、前記のとおり、齋藤氏の街頭演説を傍聴した行為は、齋藤氏を応援する目的ではなく、令和3年知事選挙の情勢を把握し、知事らが参加する公式の会議の場で報告するためにしたものであって、中播磨県民センター長の職務に関連する行為であると認められる。

(3) C(井ノ本)氏、D(原田)氏及びF(守本)氏の行為について

(井ノ本)氏、D(原田)氏及びF(守本)氏は、前記のとおり、いずれも令和3年知事選挙の告示前から、齋藤氏を支援していた自民党兵庫議員団に所属する兵庫県議会議員らに対し、職務上有していた情報や資料を提供し、それらが齋藤氏の公約を策定するに当たって利用されたことが認められる。しかし、そのような行為は、従来、いずれの立候補者予定者に対しても、要請があれば、それに応じてされていたものであって、兵庫県職員としての職務を逸脱した行為とは言えないし、特に齋藤氏に対してのみ便宜を図り、同氏を支援する目的でした行為であるともいえない。

(4) H(三宅)氏の行為について

(三宅)氏は、前記のとおり、齋藤氏が立候補を表明する前の平成30年から令和元年にかけて、齋藤氏らとともに兵庫県内の「フィールドバビリオン」に観光客を誘致する「ひょうご民博2025」を企画していたが、前記のとおり、齋藤氏の公約の策定に関与したことも認められず、知人等に対し、齋藤氏への投票を依頼したことも認められなかった。

(5) 小括

以上のとおり、B(小橋)氏、C(井ノ本)氏、D(原田)氏、F(守本)氏及びH(三宅)氏が公職選挙法や地方公務員法に違反する行為をした事実は認定できなかった。

2 論功行賞による昇任について
(1) B氏、C(井ノ本)氏、D(原田)氏及びF(守本)氏の昇任について

(小橋)氏、C(井ノ本)氏、D(原田)氏及びF(守本)氏は、前記のとおり、いずれも齋藤知事が知事に就任した直後に設置された新県政推進室の室長又は次長に任命され、その後もそれぞれ要職に任命されたが、齋藤知事がB(小橋)氏、C(井ノ本)氏、D(原田)氏及びF(守本)氏を重用した理由は、前記のとおり、総務省に在職していたころから同氏らと交流があり、兵庫県政について情報や意見を交換していたことに加え、同氏らの兵庫県における職歴等を勘案し、自らが標榜する政策を円滑かつ迅速に推進するに当たり、側近として補佐する役割を期待したからであると思料される。

(2) H(三宅)氏

(三宅)氏は前記のとおり、令和4年4月1日、企画部万博推進室万博推進課長に、次いで令和5年4月1日、企画部万博推進局長に任命されたが、齋藤知事がH(三宅)氏を起用した理由は、前記のとおり、大阪府財務部財政課長在任中に意見交換等をしながら兵庫県内の「フィールドパビリオン」に観光客を誘致する「ひょうご民博2025」を企画したことを想起し、適任であると考えたからであると思料される。

(3) 小括

以上のとおり、齋藤知事がB(小橋)氏、C(井ノ本)氏、D(原田)氏、F(守本)氏及びH(三宅)氏を要職に就けたのは、同氏らとーの従前の関係によるところが大きく、異例の人事であると評価されることはやむを得ないとしても、前記1のとおり、同氏らが令和3年知事選挙において齋藤知事の事前運動ないし選挙運動に加担した事実は認められず、また、同氏らの経歴や能力に照らして不相応な役職に任命されたともいえないから、同知事選挙において齋藤知事を支援したことによる論功行賞の人事であるとは認められない。

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