住民監査請求に係る監査の概要
2025年2月25日から3月26日にかけて、兵庫県の住民46名が、渡瀬康英元西播磨県民局長の給与返還を遺族に求めるよう県に求めた住民監査請求を提起していました。
これが4月21日までに棄却されましたが、報告書により明らかとなった事実もありました。当ページでは、この調査結果報告書を全文公開します。
監査結果
住民監査請求に係る監査の結果について
第1 監査の請求
1 請求の受付
次のとおり、地方自治法(昭和22年法律第67号)242条1項の規定に基づく兵庫県職員措置請求書(以下「本件請求書」又は単に「請求書」という。)が、別記1の請求人一覧(以下単に「請求人一覧」という。)に掲げる46名から提出された。
なお、本件請求書は、団体ではなく各請求人から個別に提出されたものであるが、求める措置の内容が共通していることから、以下の手続きは一括して行うこととした。
⑴ 提出日
令和7年2月25日から3月26日まで(個別の提出日は請求人一覧のとおり)
⑵ 氏名、住所
請求人一覧のとおり
2 請求の概要
本件請求書及びこれに添付された事実を証する書面(以下「事実証明書」という。)によれば、本件監査請求の要旨は次のとおりである。
⑴ 請求の要旨
ア 請求理由
兵庫県は令和6年5月7日付で、元西播磨県民局長(同年7月に死去。以下、「元局長」という)に対し、停職3ヶ月の処分を下したが、その理由の一つとして、平成23年から14年間にわたり、勤務時間中に計200時間程度、多い日で1日3時間、公用PCを使用して業務と関係のない私的な文書を多数作成していたことによる職務専念義務違反を挙げた。
これは兵庫県に対する重大な背任行為であり、地方公務員法35条に定める職務専念義務に違反する。道義的にも、給与の原資である税金を支出した県民に対しても裏切り行為である。元局長が業務と無関係な活動に充てた時間について、県からの給与が支払われていたことは、県の財政に対する不当な支出であり、県は、公務員の不正行為による財政的損害を適切に回復する義務を負う。
よって、本請求者は、兵庫県が元局長に対して支払った給与のうち、当該職務専念義務違反に相当する期間における給与の返還を求めるため、兵庫県監査委員に対し、住民監査請求を行う。元局長はすでに死亡しているため、返還請求は知事から遺族に対して行うものとする。
イ 求める措置の内容
- (ア)兵庫県が元局長に対して支払った給与のうち、職務専念義務違反に相当する期間の給与を算定し、遺族に対し、その返還を求めること。
- (イ)本件に関する監査結果を公表し、県民に対する説明責任を果たすこと。
⑵ 事実証明書
本件監査請求の要旨に係る事実証明書として、別記2の文書が提出された。
3 監査請求形式要件の審査、請求の受理
提出のあった46名分の請求書について、令和7年3月4日、3月17日及び4月7日に、次の⑴から⑷までに示すとおり要件審査を実施した。その結果、所定の要件を具備していると認める者については、請求人一覧の各提出日をもって受理することとした。
一方、要件を具備しない14名について、3月6日、3月19日、3月26日又は4月1日付けで補正を求めたが、このうち連絡があり補正が確認できた者は10名、補正されなかった者は4名である。
⑴ 請求の趣旨のうち、監査委員からの勧告対象の確認
監査委員は、請求に理由があると認めるときは、当該普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関又は職員に対し期間を示して必要な措置を講ずべきことを勧告することとなる(地方自治法242条5項)。
仮に、返還請求の主体を監査委員と認識して監査請求をした場合、不適法な監査請求となる。なぜなら、監査委員にできることは「勧告」に限られ、勧告の相手方も「議会、執行機関、職員」に限られるから、監査委員自ら遺族に対して返還請求を行うことは根拠がなく、できないからである。なお、ここでいう「職員」は、財務会計行為(地方自治法242条1項に定める、①公金の支出、②財産の取得、管理又は処分、③契約の締結又は履行、④債務その他の義務の負担、⑤公金の賦課又は徴収を怠る事実、⑥財産の管理を怠る事実をいう。以下同じ。)の主体となった職員のことをいい、その権限のない者は含まない(最高裁判所昭和62年4月10日判決)から、本件において、給与を受領する側の元局長は「職員」には該当しない。
本件請求書には「返還請求は遺族に対して求めるものとする」とあることから、給与の返還を求めていることは読み取れるが、一部の請求人の請求書には、「誰が」返還請求の主体になるのかについて記述がなかった。このため返還請求の主体が知事であるという認識でよいか、請求人に確認を行ったところ、いずれの請求人も、返還請求の主体を知事であると認識していると判明したため、この点については、不適法となる請求はないと判断した。
⑵ 監査請求期間の確認
住民監査請求は、財務会計行為のあった日又は終わった日から1年以内にしなければならないが、正当な理由があるときはこの限りでなく、請求人が違法不当な財務会計行為の存在を知り得た時から「相当の期間内」に請求を行えば足りるとされている(地方自治法242条2項、最高裁判所平成14年9月12日判決)。ただし「相当な期間」とは違法不当な財務会計行為の存在を知り得た時から1年間というわけではなく、知り得た時から4箇月後の監査請求を不適法とした判例(最高裁判所昭和63年4月22日判決)がある。これを本件にあてはめると、元局長への給与の支給(公金の支出)のうち、令和6年2月までに支給したものはすべて、本件請求書提出の時点で1年を経過している。また、請求人が元局長の職務専念義務違反を知ることのできた時期は、知事が懲戒処分を発表した令和6年5月7日なので、令和7年の本件請求書提出の時点ではすでに9箇月以上経過し、「相当の期間」を徒過していることになる。
しかしながら、請求人の請求理由に鑑みると、請求人は「知事が給与返還請求権の行使を怠る事実」を違法不当な財務会計行為として訴えているものと解され、また、後述するように、執行機関が通常、給与の返還請求を行う際には、不当利得返還請求債権の行使として実施することとしている。このことから、本件における財務会計行為は、地方自治法242条2項が適用されないいわゆる「真正怠る事実」であると解される(最高裁判所昭和53年6月23日判決)。この解釈に基づけば、給与返還請求権自体は不当利得返還請求権として消滅時効にかかるものとはいえ、本件請求書提出の時点で、時効消滅しておらず行使できる給与返還請求債権があると推認することができる。
⑶ 返還請求の相手方の確認
不当利得返還債務は相続されるものであり、本件においても元局長の遺族に対する給与返還請求債権が存続しうるとの認識のもとで以下の監査ないし判断を行うこととした。
⑷ 要件に係る判断
上記⑴ないし⑶を踏まえ、本件請求の趣旨を「元局長の遺族に対する給与返還請求権の行使を知事が怠っているので、その権利を行使するよう、監査委員から知事に対して勧告を行うことを求める」ということであると認めた。
そのうえで、請求人一覧の①、㉘、㊶、㊻の4名については、地方自治法により必要とされる事実証明書の添付がなく、請求の要件を満たしていないため、請求を却下(監査を行わない)することとした。一方、その余の者は請求が要件を満たしていると判断したので、請求を受理することとした。
⑸ 要件審査の結果
請求を受理した者 42名
請求を却下した者 4名(事実証明書の添付がなかった者)
第2 証拠の提出及び陳述
1 請求人の陳述の要旨
令和7年4月7日に、地方自治法242条7項に基づき、請求人に対して証拠の提出及び陳述の機会を設けたところ、請求人のうち10名から、また請求人18名の代理人からおおむね次のとおり陳述があり、同時に別記3の書面の提出があった。
なお、請求人の陳述での主張は多岐にわたるが、その概要は次のとおりである。
⑴ 職務専念義務違反の事実
地方公務員法35条の規定に照らせば、元局長の職務専念義務違反が認められることは明らかである。
⑵ 不当利得の事実
給与とは職員が行う勤務に対する対価であり、勤務がされない場合には給与を支給することは原則として違法となる。岐阜地方裁判所平成15年11月26日判決、札幌地方裁判所平成10年7月17日判決のとおり、本件事案においてもノーワークノーペイの原則という一般の労働法規で用いられる準則が適用されることは明らかで、200時間の私用時間分の給与については民法703条の不当利得に該当するとして返還請求すべきである。
なお、文書問題に関する第三者委員会報告書(令和7年3月19日)は、公用PC内に存在するデータから判明した3件の非違行為は、いずれも公務員としての非行に該当すると指摘している。第三者委員会の報告書中においても懲戒処分自体の効力を否定していないのは、事柄の重大性によるものであり、返還請求を認めなかった先例があったとしても本件では別に判断すべき性質のものといえる。
⑶ 証拠開示の必要性
兵庫県議会文書問題調査特別委員会調査報告書(令和7年3月4日)では、クーデター計画という物騒な用語が登場する。仮に元局長がクーデターを企画していたのであれば、兵庫県として看過することのできない重大な事態であり、クーデターという用語からは多数人の関与の可能性が生じる。憲法の規定する「地方自治の本旨」に悖る行動であり、厳しく対応することが求められる。
公費で購入されたPCの中に公益に反する重大な事項が隠されているとすれば、県民の知る権利のため即刻公開すべきである。内容が明確になれば元局長の死の真相を理解でき無念を晴らせれるかもしれない。他方、元局長が単独でクーデターを計画していたのであれば、公務員としての責任は極めて重大である。いずれにせよ公用PCの中身を明示することにより事実関係を明らかにすることが切に望まれる。
プライバシー情報の開示を差し控えるのは当然ではあるが、それよりもクーデター計画の存否という公益上大きい事実の存否を明らかにすることは、兵庫県民の知る権利(憲法21条1項)に照らし必要欠くべからずのものである。
以上から、兵庫県として不当利得返還請求権の行使をするにあたって、公用PCに保管された情報は重要なものであり、開示は不可欠という他ない。
2 執行機関の陳述の要旨
令和7年4月7日に、地方自治法242条8項に基づき、執行機関の陳述を実施したところ、執行機関からおおむね次のとおり陳述があった。
⑴ 結論
本件では、元局長に対する不当利得返還請求権の内容の特定、つまり債権を特定することができないことから、元局長の遺族に対し給与返納を求めることはできず、執行機関としては財務会計上、違法・不当な点はないと認識している。
⑵ 理由
- ① 元局長は執行機関の事情聴取において、職務専念義務違反行為に係る給与の返納を行う意思を示しており、執行機関はこのことも踏まえて、懲戒事由の1つである職務専念義務違反行為に係る給与について、不当利得返還請求権を行使して返納を求めようとしていた。
- ② 懲戒処分前に行った事情聴取の時点で元局長は、職務専念義務違反の時間について、200時間程度と認定されることにつき「明確に記憶はしていませんが、それくらいだと思います」と認めていたものの、返納する具体的な金額や算定根拠について食い違いがあったため、元局長に改めて聞取りを行い、返納対象の特定や返納額の確定を行う必要があった。
- ③ 聞取りを行う時期について、執行機関としては、懲戒処分に対する元局長の審査請求可能期間である令和6年8月7日までに審査請求が行われない場合には速やかに実施する予定であったが、その前の令和6年7月7日に元局長が死去し、返納する具体的な金額や算定根拠を特定・確定できないままとなったものである。
- ④ 実際に不当利得返還請求権を行使するにあたっては、その発生原因となる事実、すなわち、何年何月に何時間分の職務専念義務違反があったかという事実を特定することによって、返還を求めることができる金額を確定させる必要があるし、その特定した事実を立証する責任は請求を行う側が負うことになるが、その事実を特定して立証することは、元局長本人が死去した状況下では不可能である。
- ⑤ また仮に給与の返納を元局長の遺族に対して求める場合、返納額の算定根拠についての客観的・合理的な説明が、元局長本人に対して請求する場合以上に求められるが、上述のとおり返納対象の特定や返納額の確定自体が困難となっており、状況の改善は今後も見込まれない。
- ⑥ これらのことから、元局長が死去した状況下で、不当利得返還請求権の内容を特定し立証するための作業を継続しても、奏功することは見込まれないことから、債権を特定することは断念し、遺族に対して給与返納を求めないことにつき令和6年7月17日付けで決定した。
第3 監査の対象
1 監査の対象とした事項
住民監査請求に当たっては、対象とする財務会計行為を他の事項から区別し、特定して認識できるように個別的・具体的に摘示しなければならないとされている(最高裁判所平成2年6月5日判決)。
本件においては、請求人が請求書及び事実証明書において特定したものと判断できる次の事項を監査の対象とした。
〔監査の対象〕
元局長が職務専念義務違反をした時間(約200時間)に対応する給与に関して、知事が返還請求権の行使を怠る事実
2 監査の対象としなかった事項
請求人(請求人一覧の⑧、⑭、⑮、⑯、㊷の5名を除く)は「求める措置」の2点目として「本件に関する監査結果を公表し、県民に対する説明責任を果たすこと」を求めているが、「結果の公表」「説明責任を果たすこと」自体は財務会計行為ではなく、住民監査請求の対象ではないため、この部分については本件監査の対象としない。
ただし、監査委員は従来から、住民監査請求を受理し監査を実施した場合はその結果を公表し、かつ請求人に通知しており、本件についても同様に結果を公表し、請求人に通知する。
第4 監査の結果
1 結論
本件監査請求について、監査の結果を合議により次のとおり決定した。
〔監査結果〕
本件監査請求には理由がないものと判断する。
以下、本件請求書、事実証明書、請求人の陳述、執行機関の陳述及び執行機関に対する調査により認定した事実並びにそれに対する判断について述べる。
2 認定した事実
⑴ 給与返還請求の手順
調査及び執行機関の陳述によれば、正規職員に職務専念義務違反があった場合の給与返還請求の手順は次のとおりである。
- ① 本県の正規職員の場合、給与返還請求の根拠は「職員の給与等に関する条例」(昭和 35 年条例第 42 号。以下、「給与条例」という。)6条である。同条は「職員が、(中略)正規の勤務時間中に勤務しない場合においては、(中略)その勤務しない時間1時間について人事委員会が定める勤務時間1時間当たりの給与額を減額して給与を支給する。」と定めている。
同条に定める「勤務しない」状態とは、最高裁判所平成 12 年3月9日判決及び平成 26 年5月 27 日付けの住民監査請求結果等を踏まえて、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれていない」状態と解している。 - ② 正規職員は給与が月払いであるため、勤務しない状態が1箇月合計で1時間以上であれば、給与条例6条の減額規定が適用されることにより、当該月の減額差額が給与の不当利得となって、その返還請求債権が発生する。
- ③ 職務専念義務違反の調査の中で、職場離脱等、給与条例6条に定める「勤務しない」状態にあった時間数を年月日とともに特定する。
- ④ 特定した時間数に対して、当該月の勤務時間1時間当たりの給与額(以下、「給与時間単価」という。)を乗じることにより②の不当利得返還請求債権の額を算定する(返還請求すべき給与額の確定)。
- ⑤ なお、職員の給与のうち、職務専念義務違反による「勤務しない」状態があったことにより、減額等の可能性があるものは、給料のほか、地域手当及び勤勉手当であり、いずれも一定の対象期間内の「勤務しない」状態であった時間数を特定して、減じる額を算定するものである。
⑵ 本件懲戒処分の経緯
令和6年5月7日付けで、兵庫県知事は元局長に対する懲戒処分を行った。処分の理由は4点あり、そのうち本件監査請求に関わる懲戒処分理由は「平成 23 年から 14 年間にわたって、勤務時間中に計200 時間程度、多い日で1日3時間、公用PCを使用して業務と関係のない私的な文書を多数作成し職務専念義務等に違反した」というものである。
調査及び執行機関の陳述によれば、この、平成 23 年から 14 年間にわたり勤務時間中に私的な文書を作成した計 200 時間程度の時間の把握は、次のとおり実施された。
- ① 令和6年3月 25 日、西播磨県民局で元局長が使用していた公用PCを回収した。
- ② ①の公用PCに保存されていた電子ファイルのみを対象として、内容を確認し、業務に無関係と断定できるものを選別した。
- ③ 選別されたファイルは 87 件あり、形式は Word のほか Excel、一太郎、JPEGの形式があった。作成日が最も古いファイルは、作成者名が元局長名ではなく「兵庫県」であったが、その作成時期は平成 23 年9月であった。
- ④ 選別したファイルのうち Word 形式の各ファイルのプロパティ情報に含まれる「総編集時間」を、元局長がそのファイルの編集作業等を勤務時間中に行っていた時間数であると仮定し、本人から事情聴取を行った上で職務専念義務違反の時間を認定することとした。
なお、Word 以外のすべての形式のファイルは総編集時間が保存されない仕様であり、職務専念義務違反の時間数を算定できない。 - ⑤ 上記④の時間数の合計は 257 時間 41 分であった。
- ⑥ 上記③のファイルの一覧及び⑤の時間数を元局長に示したところ、元局長からは、上記の時間数には、ファイルを開いたまま公務に従事していた時間等も含まれており、すべてが編集作業をしていた時間ではないという趣旨の回答があった。
- ⑦ 元局長は、懲戒処分に係る聴取に際し提出した書類に、次の趣旨の記述をしている。
ア 職務専念義務違反の時間は、明確に記憶はしていないが 200 時間程度であると思う。
イ 文書の作成時間は多い日は1日3時間であった。 - ⑧ 執行機関は上記⑥⑦アを踏まえ、総時間数の約8割にあたる「計 200 時間程度」をもって職務専念義務違反をしていた時間数と認定することとした。
さらに⑦イをあわせて、「14 年間にわたって、勤務時間中に計 200 時間程度、多い日で1日3時間」という職務専念義務違反を認定し、懲戒処分の理由として採用した。
⑶ 給与返還請求を行わないこととした理由
調査及び執行機関の陳述によれば、元局長の遺族に対して給与の返還請求を行わないとした経緯及び理由は、次のとおりである。
① 元局長は、懲戒処分に関する聴取の中では、返納すべき給与が確定されれば返納に応じるが、返納額の計算は行為の年度ごとに当該年度の給与単価で計算すべきとの意思を示していた。
② 執行機関は懲戒処分に続いて、懲戒処分に対する審査請求可能期間である令和6年8月7日までに元局長が審査請求を行わない場合には速やかに給与返還請求を行うため、⑵⑧で認定した「計 200 時間程度」という時間につき、その年月日ごとの時間数を、元局長への聞取りにより特定する作業を予定していた。
③ しかし令和6年7月7日、元局長が死去したことにより、元局長本人からの聞取りは不可能となった。
④ 職務専念義務違反の認定の際は、Word ファイルの総編集時間を根拠としたが、この時間数はファイルを起動していた時間であって、実際に編集をしていた時間を抽出できるものでないうえ、年月日や時刻を特定できる仕様でもないため、不当利得返還請求権の発生原因となる事実、すなわち、何年何月に何時間分の「勤務しない」状態があったかという事実を特定して返還請求金額を確定させる算定作業ができない。
⑤ 職務専念義務違反時間の認定の際、県の公用PCの操作記録を所管する部署に対し、④と同様の作業が可能かを照会したが、現実的に困難との回答があった。
⑥ このことから、令和6年7月 17 日付けで、不当利得返還請求権の特定を断念し、元局長の遺族に対して給与返納を求めないことを決定した。
3 判断
- ⑴ 本件監査請求における争点は、「執行機関(知事)が元局長の遺族に給与返還請求(不当利得返還請求)をしないこと」の違法・不当性の有無である。
- ⑵ 不当利得の返還請求権を行使するためには、請求する側においてその請求額を立証する必要がある。
懲戒処分の根拠法が地方公務員法であるのに対して、給与返還の根拠は給与条例6条であり、給与の返還請求を行うには、同条に定める「勤務しない」状態にあった時間数を、その状態にあった年月日とともに特定する必要がある。なぜなら、返還を求めるべき給与額は、「勤務しない」状態が1時間以上あったと確認された月ごとに、給与条例6条の減額規定が適用された結果として、月ごとの個別の返還請求債権として発生するので、債権額を過不足なく算定するには、①職員が勤務していなかった時間数を月ごとに集計して1時間以上であるか確認する必要があり、さらに、②その時間数に、その月における当該職員の給与時間単価を乗じる必要があるところ、職員の給与は定期的また臨時的に改定されていくので、勤務しない状態にあった年月日を特定しない限り、乗じるべき給与時間単価が確定しないからである。 - ⑶ 本件における職務専念義務違反の認定の際、執行機関は Word ファイルの総編集時間を根拠としている。そこで監査委員において総編集時間の特性を確認した結果は次のとおりであった。
- ① Word ファイルを起動し、文字入力を行ったうえで長時間放置した後、上書き保存して閉じたところ、起動してから閉じるまでのすべての時間が総編集時間に加算された。したがって総編集時間の時間数には、ファイルを起動したまま他の公務に従事するなど、実際にファイルを編集していない時間数が含まれている可能性がある。
- ② Word ファイルを職員Aが作成して編集し上書保存し閉じた後、職員Bにメールで送信し、職員Bが起動して編集し上書保存して閉じたところ、当該ファイルのプロパティ情報内の「前回保存者」の名は職員 B の名に変わり、職員AB両名が各々起動してから閉じるまでのすべての時間が総編集時間に加算された。
- したがって総編集時間の時間数には、別人による編集時間が含まれている可能性がある。
これらの特性に鑑みると、総編集時間数は、職務専念義務違反にあたらない時間数が含まれている可能性が高く、そのままでは職務専念義務違反の時間数の証明にも、給与返納の対象となる「勤務しない」時間数の証明にもならない。
ただし、総編集時間数にこのような欠点があることを踏まえ、執行機関は、2⑵「本件懲戒処分の経緯」に示すとおり、元局長が「職務専念義務違反の時間は、明確に記憶はしていないが 200 時間程度であると思う」と述べていることを受けて、職務専念義務違反にならない時間数を全体の時間数から控除することとし、257 時間 41 分のうち「計 200 時間程度」を職務専念義務違反の時間数として認定している。
とはいえ、「14 年間にわたり計 200 時間程度」という職務専念義務違反の時間数は、そのまま給与返還請求の根拠とすることはできない。なぜなら、「計 200 時間程度」という時間数は、それがいつのことなのか特定されておらず、依然として客観的正確性が担保されていないので、給与返還請求債権を確定するには、勤務していない時間数をさらに過去 14 年間の各月ごとに区分して特定・把握するという作業が不可欠だからである。 - ⑷ しかし、監査委員が確認したところ、Word ファイルが保持している総編集時間その他の情報を用いても、当該ファイルが起動していた時間のうち実際に編集等の作業が行われていた時間を把握し、かつ年月日まで特定することはできなかった。このことは、ファイルの作成日と最終保存日がたとえ同一月であっても同様である。
また、兵庫県の公用PCの操作記録(以下「操作ログ」という。)を所管する部署の説明によれば、兵庫県の公用PCの操作ログを過去にさかのぼって把握することは、過去数年分については可能であるものの、操作ログを用いたとしても、さらにその内で、特定のファイルが公用PC上で実際に編集等されていた時間数を、年月日を特定して把握することまでは不可能であるとの回答があった。
以上のことから、2⑵「本件懲戒処分の経緯」で述べた公用PCのファイルや、公用PCの操作ログを用いる限り、職務専念義務違反の時間数や「勤務しない」時間数が「何年何月に何時間」あったのかまで特定して、個別の月の給与返還請求債権を確定することは不可能である。 - ⑸ したがって本来であれば、電子ファイルや操作ログの解析に加え、職員本人や周囲からさらに状況の聞取りを行うことにより、「勤務しない」状態であった時間数を、年月日とともに特定し、その時間数に当時の給与時間単価を乗じて、給与返還請求債権の額を月ごとに算定するべきところである。
しかしながら本件においては、元局長の死去により本人からの聞取りによる特定は不可能になったと認められる。さらに、過去の上司、同僚、部下に元局長の勤務の実態を確認するためには、具体的な年月日と時刻を特定して、その当時の勤務状況を質問することが必須であるところ、「計 200 時間程度」という時間数は、それ以上具体的に分析して年月日と時間数を特定できないから、当時の上司、同僚、部下に質問して立証することも不可能である。 - ⑹ 以上のとおり、執行機関が債権者として給与返還請求債権の確定を行うことは将来にわたって不可能である。
この状況に鑑みると、元局長の遺族に対する給与返還請求を行わないこととした執行機関の判断には正当な理由があり、返還請求を行っていない現状が違法又は不当とは認められない。したがって、請求人の請求には理由がないものと判断する。 - ⑺ なお、請求人は陳述の際に次の2点について補足し主張しているので、この点について付言する。
- ア 労働関係裁判例からみた評価について
請求人は、岐阜地方裁判所平成 15 年 11 月 26 日及び札幌地方裁判所平成 10年7月 17 日の裁判例を引用して、本件事案においてもノーワークノーペイの原則という、一般の労働法規で用いられる準則が適用される結果、200 時間の私用時間分の給与については民法 703 条の不当利得に該当すると主張している。
本件は、給与返還請求権の債権者である県が、債権を確定することが不可能となった事案であるが、その債権の性質が不当利得返還請求権であることは、既にみたように執行機関も認めるところであり、請求人の認識と異ならない。
なお、請求人が掲げる裁判例はいずれも職員が職場に明らかに不在であったか職場離脱をしている事例であり、本件とは状況が異なる。 - イ 元局長の公用PCの情報開示について
請求人は陳述において、不当利得返還請求権の行使をするにあたっては公用PCに保管された情報の開示が不可欠と主張している。
しかしながら、公用PCの情報を開示することは財務会計行為にあたらないので住民監査請求の対象にならない。県民の「知る権利」の行使は、情報公開請求により行うべきものである。
そもそも請求人は本件請求書においては公用PCの情報開示を請求しておらず、請求人が本件請求書に示した請求の趣旨すなわち本件請求の争点は、あくまで給与返還請求権を行使しないことの違法不当性のみである。
不当利得返還請求権を行使するのは執行機関であり請求人ではないから、これを行使するにあたって公用PCの内容を請求人にまで開示することは不可欠ではない。また、懲戒処分理由の「計 200 時間程度」の算定方法は既に述べたとおりであり、給与返還請求権の確定を阻害している要因は、元局長の過去の勤務状況を把握できないことと、電子ファイルのプロパティ情報や公用PC操作ログの機能的限界であるから、公用PCの文書の内容を明らかにしたとしても、これら阻害要因の解消に何ら資することはない。
公用PCのファイルの内容の如何が、「給与返還請求債権の確定がもはや不可能である」という結論を変えるものでない以上、本件監査における判断に、公用PCの情報の内容は無関係である。
- ア 労働関係裁判例からみた評価について
別記1
請求人一覧
番号 氏名 住所 提出日 番号 氏名 住所 提出日
① イ 姫路市 R7.2.25 ㉔ ウ 神戸市東灘区 R7.3.3
② ロ 神戸市北区 R7.2.25 ㉕ ノ 明石市 R7.3.3
③ ハ 神戸市須磨区 R7.2.25 ㉖ オ 神戸市灘区 R7.3.3
④ ニ 神戸市中央区 R7.2.26 ㉗ ク 赤穂市 R7.3.3
⑤ ホ 神戸市兵庫区 R7.2.26 ㉘ ヤ 三田市 R7.3.3
⑥ ヘ 神戸市兵庫区 R7.2.26 ㉙ マ 西宮市 R7.3.4
⑦ ト 神戸市中央区 R7.2.26 ㉚ ケ 南あわじ市 R7.3.4
⑧ チ 姫路市 R7.2.26 ㉛ フ 神戸市西区 R7.3.5
⑨ リ 西宮市 R7.2.27 ㉜ コ 神戸市須磨区 R7.3.5
⑩ ヌ 尼崎市 R7.2.27 ㉝ エ 神戸市長田区 R7.3.5
⑪ ル 神戸市北区 R7.2.27 ㉞ テ 神戸市北区 R7.3.5
⑫ ヲ 加古川市 R7.2.27 ㉟ ア 西宮市 R7.3.6
⑬ ワ 伊丹市 R7.2.28 ㊱ サ 宝塚市 R7.3.10
⑭ カ 神戸市北区 R7.2.28 ㊲ キ 豊岡市 R7.3.10
⑮ ヨ 神戸市北区 R7.2.28 ㊳ ユ 丹波篠山市 R7.3.10
⑯ タ 西宮市 R7.2.28 ㊴ メ 高砂市 R7.3.10
⑰ レ 西宮市 R7.2.28 ㊵ ミ 丹波篠山市 R7.3.11
⑱ ソ 神戸市須磨区 R7.2.28 ㊶ シ 姫路市 R7.3.13
⑲ ツ 神戸市須磨区 R7.2.28 ㊷ ヒ 西宮市 R7.3.13
⑳ ネ 神戸市西区 R7.3.3 ㊸ モ 宝塚市 R7.3.18
㉑ ナ 明石市 R7.3.3 ㊹ セ 西宮市 R7.3.24
㉒ ラ 明石市 R7.3.3 ㊺ ス 西宮市 R7.3.24
㉓ ム 加東市 R7.3.3 ㊻ ン 神戸市灘区 R7.3.26
別記2
事実を証する書面
元局長に対する懲戒処分に係る決裁文書ないし検討資料
令和6年5月8日付け記事
令和6年8月7日の知事記者会見録
別記3
陳述に際し提出のあった書面
文書問題に関する第三者調査委員会報告書(抜粋)