当ページの概要
2024年末~2025年1月頃、百条委員会が、公益通報者保護法に関して、承知した参考人に加えて有識者数人に書面調査を行いました。
当ページでは、徳永信一弁護士による書面調査回答の全文を文字起こしのうえ掲載します。
(参考)徳永信一弁護士のXアカウント
書面調査の回答(文字起こし)
文書問題調査特別委員会 書面調査
提出者:弁護士 徳永 信一
質問1
元県民局長が今年3月に報道機関、県議会議員等へ文書配布した行為(以下「文書配布」という)について、公益通報者保護法上の「公益通報」の該当の有無についてどう考えるか。
【回答1】
質問1に対する回答としては元県民局長による文書配布は、「公益通報」に該当しないと考える。以下、その理由を説明する。
1 公益通根にかかる法2条1項の定義要件のうち、元県民局長による3月時点における文書配布において、疑問があるのは、「通報対象事実(法第2条3項)」の有無及び「不正の目的」の有無の2点である。
2 通報対象事実は、刑法、食品衛生法、金融商品取引法、日本農林規格等に関する法律、個人情報保護に関する法律及び政令で定めるもの(過料の対象とされているもの)に限定されている(法第3条3項)。
3 本件告発文書には、①五百旗頭真先生ご逝去に至る経緯、②知事選挙に際しての違法行為、③選挙投票依頼行為、④贈答品の山、⑤政治資金パ―ティ関係、⑥優勝パレードの陰で、⑦バワーハラスメントの7項目の記載がある。
4 ①は法令違反がなく通報対象事実に該当しない。②は公職選挙法や地方公務員法は別表(通報対象となる法律一覧〔493本〕)になく、その違反は通報対象事実に含まれない。③も同様である。④の贈答品の山は、いかなる法令違反に該当するのか不明である。SNSでは、刑法の収賄罪に該当するという意見も散見するが、兵庫県内の企業の商品を含め地域の名産品をサンプルや試食品として受け取ることが賄賂にあたるという解釈は一般的なものではなく、生産者や業者による正当なアピールの範囲内の行為であり、可罰性のない慣行として定着しており、これをもって通報対象事実ということはできない(信用失墜行為にならないようガイドラインを定めたことは、その判断に影響を及ぼすものではない。)。⑤政治資金パーティも政治資金規正法は別表にはなく、その違反は通報対象事実にはならない。
⑥優勝パレードに関するキックバックは刑法の背任罪に該当しうるものであり、通報対象事実である。⑦のパワハラは、いわゆるパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)は別表にはなく、かつ、パワハラ行為そのものを過料等の罰則をもって禁じるものではないため、通報対象事実とはならない。もっとも、有形力の行使や脅迫を伴うパワハラは、刑法の暴行罪、脅迫罪に該当し得、その場合は通報対象事実となるが、告発文書の記載中には、そのようなものは見当たらない。
結局、本件告発文書の記載事項のうち大半は通報対象事実ではなく、それは、⑥優勝パレードに関するものに限定される。
5 公益通報の定義要件には「不正の目的でないこと」があるところ、本件告発文書が作成された元県民局長の公用パソコンには斎藤知事の県政に不満を抱く、元県民局長をはじめとする職員等による斎藤知事の失職を元的とするいわゆる「クーデター計画」なるファイルがあったという。本件告発文書の内容(それは斎藤知事の資質を誹謗するものが主であり、通報対象事実は僅かであった)及び、その後の展開(百条委員会が開催され、真相解明に至らぬ段階で、不信任決議が決議され、斎藤知事が失職した。)に照らし、本件告発文書による文書配布は、そこにいう「クーデター計画」の一環としてなされた可能性が認められ、それが「不正の目的」でなされた高度の蓋然性が認められる。
6 念のため、3号外部通報の保護要件である真実相当性について言及すると、それが単なる伝聞やうわさ話に基づく憶測に基づくものであることは、本件告発文それ自体の記載からうかがわれ、元県民局長が作成したとされる陳述書や反論書にも、伝聞や仲間内のうわさ話を超える信用性の高い供述や客観的な内部資料は提示されていない。公益通報者保護法が規定する真実相当性の保護要件の具備は認められない。加えて、法3条3号の6つの特定事由についても、これを認めるのに適格な証拠はない。
7 兵庫県警は8月に本件告発文書による通報について、「総合的に判断して公益通報として認めるに至っていない」旨を公表している。これは上述のように、公益通報の定義要件だけではなく、匿名でなされているため、2号外部通報の保護要件である文書による通報とは認められないこと、更には、文書の記載上、一見して明らかに真実相当性がなく、⑥の優勝パレードに関するキックバックについても、何ら証拠がなく、連絡先も記載しない匿名でなされているため、証拠補充の意思も認められないことなども併せ、総合的に勘案して公益通報であると認めるに至っていない旨の公表となったと解される。
8 SNS上では、告発文書の中には一部真実性が証明されたものもあるから公益通報性が認められるとする意見もあるようであるが、誤りである。一部真実性が認められたというが、何を指していうものかは不明であるが、そのこととは別に、所論には、真実相当性と真実性との混同があるように思える。「解説」には真実相当性とは真実性の立証に至らないがその蓋然性が高いものという理解を前提にした記載がある。「文言上は明示されてはいないものの、公益通報の内容が真実である場合にも、当然「信ずるに足りる相当な理由がある」に該当する(真実でなかった場合でも真実に足りる相当な理由があることからすると、真実であった場合に信じるに足りる相当な理由があることは当然である。)」がそれである(「解説」p158)。遺憾ながら、この記載は性格の異なる真実相当性(責任阻却事由)と真実性(違法性阻却事由)とを混同しており間違いである。
9 真実性とは真実の立証をいうものであり、現時点(司法判断時)を基準時とするものであり、それまでに生じた全ての証拠を対象とすることができる。しかし、真実相当性は基準時(通報時)における通報者の主観に照らし、真実であると信じた相当な理由である。真実性があっても真実相当性が無いという場合は少なくないのであり、不十分な証拠しかないなかでした直感による推測が、偶々真実であったという場合である。公益通報者保護法は、誠実な通報者を保護するものであり、真実相当性を保護要件とする一方で、真実性を保護要件から外している。名誉毀損罪とは異なる立法政策に基づいている。今後、百条委員会による審議を続けることによって告発文書の記載中に真実と合致するものが発見されたとしても、公益通報者保護法の保護を受けることにはならないことに留意されたい。なお、結果として真実であったことで、結果として行為の違法性が阻却され、保護を受けたと同じ効果が生じることはありうる。しかし、そのことは公益通報者保護法とは別のことである。
質問2
3号通報として保護される要件は、①労働者・退職者・役員が②役務提供先について③通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があり、④通報の目的が不正の目的でなく、⑤3号通報先へ通報することと理解しているが、間違いがないか。
【回答2】
質問2には、定義要件(法2条3号)と保護要件(法3条3号)の混同があり、その結果、定義要件としての「通報対象事実が含まれていること」が欠落しており、加えて狭義の保護要件についても真実相当性以外のものが欠落している。質問2は正確な理解に基づくものとはいえない。
定義要件と保護要件の混同は、本来3番目の定義要件として上げられるべき、「通報対象事実が含まれていること」の代わりに、③の「通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると信じるに足りる相当の理由があり」というこれと別個の保護要件が上げられていることに表れている。
狭義の保護要件における特定事由の欠落とは、3号通報としての保護を受けるためには、③の真実相当性だけでなく、⑦法3条3号イ(不利益な取扱いを受ける危険がある場合)、ロ(証拠隠滅等のおそれがある場合)、ハ(公益通報者特定情報が漏洩する危険がある場合)、二(通報妨害がある場合)、ホ(調査是正措置の懈怠がある場合)、へ(声明身体への危害や財産に対する重大な損害の危険がある場合)の6つの特定事由要件のうち1つを具備していることが必要とされていることを見落としていることをいう。
3号通報の通報先になされた通報が公益通法として保護されるための要件を論理式で表すと、
①∧②∧⑥∧④∧⑤∧③∧(⑦イV⑦ロV⑦ハV⑦二V⑦ホV⑦へ)
となる(なお、「∧」(かつ)と「V」(または)は論理記号)。
因みに、①②⑥④⑤は「公益通報(3号通報)」の定義要件であり、これは3号通報としての保護を受けるための前提ないし必要条件であり、狭義の保護要件は、③の真実相当性及び⑦のイ~への特定事由要件である(法第3条第3号)。
質問3
3号通報に当たる場合に、通報先でない者が「不正の目的」や「信ずるに足りる相当の理由がない」として、公益通報に当たらないと判断することはできるか。
【回答3】
通報先ではない第三者が具体的な3号通報について評論家的にあれこれ評価し、判断を下してこれを発表することは、憲法21条が保障している意見論評の自由に含まれる。すなわち、当該第3者の自由の領域である。意見論評の自由は民主主義の原点であり、法律をもってしても、これを禁じることはできない。規制は憲法違反であり、現に何ら規制されていない。但し、第三者の判断は、事実上の影響力はあったとしても、法的には、何の効力も持たない。
質問4
うわさ話や憶測をもとにした通報は「信ずるに足りる相当の理由」が無いとされるのか。「信ずるに足りる相当の理由」があるとされるために必要な要件とは何か。
【回答4】
質問4の前段は、そのとおりである(うわさ話や憶測をもとにした通報には真実相当性はない)。その理由は、うわさ話(伝聞又は再伝聞による風評や風説)や憶測(いい加減な推測、当て推量)は、そもそも類型的に信用性が低いものであり、当該通報の情報内容が虚偽である可能性が少なくないと考えられるからである。
立法趣旨に遡ると、3号通報が真実相当性を保護要件として要求している理由は、外部(報道機関、インターネットへの投稿、国会議員、消費者団体等)が通報先になりえるため、その内容が公表ないし流出漏洩するおそれ(それは即ち、名誉毀損、信用毀損、偽計業務妨害、機密漏洩等の違法行為となりえる。)を無視できないからである。
そのため、1号の内部通報と異なり、単なるうわさ話や憶測による恣意的な通報を3号通報から排除する必要があり、客観的な信用性のある根拠(真実相当性)に基づき、かつ、特定事由(外部通報の必要性)がある通報だけを保護の対象にしたものである。
質問4の後段は、「信ずるに足りる相当な理由」があるとされるために必要な要件を尋ねるものである。一般的には「単なる憶測や伝聞等ではなく通報内容を裏付ける内部資料等がある場合や関係者による信用性の高い供述があるなど、相当の根拠がある場合をいう」とされている(「解説」p157、「逐条解説」p133)。
法的概念としての「真実相当性」は、刑事・民事の名誉毀損訴訟の判例において積み重ねられてきたものであるが、判例の中から参考となるものを挙げると、「報道機関が取材に係る事実が真実であると信じるについての相当な理由があるというためには、報道機関にとって可能な限りの取材を行い、報道機関をして一応真実と思わせるだけの合理的資料又は根拠があることをもって足りるというべきである。」とするもの(東京地判平成8年2月28日・判時1583号84頁)や「ある者についての犯罪の嫌疑が新聞等により繰り返し報道されて社会的に広く知れ渡っていたとしても、それによって、その者が真実その犯罪を犯したことが証明されたことにならないのはもとより、右を真実と信ずるについて相当な理由があったとすることもできない。」といったものがある(最二小判平成10年1月30日・集民187号1頁)。
いずれも報道機関についての判例であり、一般労働者による公益通報における真実相当性の程度は、これより緩やかであるべきだが、本件では通報者が県民局長という県の幹部職員であったことを併せ考えると、仲間内で知れ渡っているものであっても直接の取材や客観的な内部資料に基づかない単なる伝聞やうわさ話などをもって真実相当性を認めることはできない。このことは実務法曹の間で意見が分かれることはないと思料する。
質問5
通報対象事実の調査結果が判明する前に、範囲外共有、通報者探索、不利益取扱いすることは許されるのか。
【回答5】
公益通報は、いずれも、通報主体による通報先への通報が受理され、公益通報の定義要件(主体要件+通報対象事実+不当な目的の不在)が確認されれば、保護要件の確認と通報対象事実の調査が同時的に進行するのが通常であろう。範囲外共有や通報者探索を含む不利益取扱いの禁止(法第5条1項、同第3条各号)は、保護要件が確認された場合に生じる法的効果である(但し、範囲外共有は1号内部通報の場合にしかありえない)。
1号内部通報においては、保護要件が「思料する場合」に限られていることから、通報を受理すれば通常は保護要件を具備していることが推定され、原則として調査結果が判明するまで、範囲外共有や通報者の特定といった不利益取扱いは許されない(但し、調査途中で「不当な目的」の存在や保護要件たる「思料」の欠缺が判明した場合は、調査結果が判明する前であっても不利益取扱いの禁止要請は消失する)。
2号外部通報は、保護要件として真実相当性又は所定事項記載の書面による通報が定められている。書面の提出による場合は1号内部通報の場合と同じく原則として調査結果が判明するまでは不利益取扱いは禁止されるが、書面の提出によらない外部通報の場合(兵庫県警に対する外部通報は所定事項の記載がなかった。)は、真実相当性の要件を具備していることが、不利益取扱いの禁止が働くための必要条件となる。なお、真実相当性の立証責任は不利益取扱いの無効等の法的効果を主張する通報者にある(「逐条解説」p82)。
3号外部通報の場合、通報者の特定を含めた不利益取扱い禁止が保護要件を具備した場合に認められる法的効果である以上、真実相当性及び特定事由の具備が必要となる。通報対象事実の調査は、通報の受理と共に始まる場合もあるが、その調査結果が判明する前であっても、保護要件が証明されない限り、通報者の特定等の不利益取扱いの禁止といった法的要請は働かない。
質問5に対する回答としては、通報が受理され、通報対象事実の調査が開始したとしても、保護要件(3号外部通報は、真実相当性と特定事由の具備)が無いことが判明した場合は、たとえ調査はそのまま続行されたとしても、通報者の特定や懲戒処分等の不利益取扱い禁止の要請は働かない。
もっとも、真実相当性の保護要件に関する判断は困難を伴う場合が少なくなく、処分権者の判断が不服審査や司法判断で覆る可能性もある。よって真実相当性のないことが明白な場合(なお、本件はそうした場合であった。)を除き、調査結果が判明するまで通報者の特定等の不利益取扱いは、自制するのが望ましいといえよう。
質問6
「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項に係る指針」の第4のうち、2(1)及び(2)は内部公益通報に限定せず、外部公益通報となる場合も通報者を保護する体制の整備が求められていると解釈するのか。
【回答6】
所論のように解釈することはできない。
法第11条第1項及び第2項の体制整備義務は、内部通報に関するものであり、第4の2(1)(不利益な取扱いの防止に関する措置)も(2)(範囲外共有等の防止に関する措置)も内部通報についての体制整備である。
そもそも範囲外共有は法第11条第1項に基づく窓口(公益通報対応業務従事者)及び同第2項に基づく取扱体制の構築が定められている内部通報においてのみ発生しうる事態であって外部通報においては範囲外共有という事態は観念できない。外部通報は「事業者(役務提供先等)」が取り扱うものではないからである。
なお、質問6にあるような誤謬は、「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項に関する指針」の第4の2がその対象を明示的に内部通報の通報者に限定することなく「公益通報者」(法第2条2項)の用語を使用していることに由来すると思われるが、その点については質問7の回答で述べる。
質問7
公益通報者保護法に関する「解説改正公益通報者保護法(第2版)」の逐条解説224ページには、法11条第2項の条文解説として、「体制整備その他必要な措置」は公益通報のうち内部公益通報に対応するための体制整備に限定するとの記載がある。
法第11条第4項に第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置は指針において定めるとあるため指針を参照する必要がある。指針には「第4内部公益通報対応体制の整備その他の必要な措置」が定められており、指針第4の2「事業者は、公益通報者を保護する体制の整備として、次の措置を取らなければならない」も指針第4に含まれている。
前述の「解説改正公益通報者保護法(第2版)」351ページに「指針の法的意義」の記載がある。その記述に「事業者にとって、指針の解説は指針に定められる考慮要素等のように内部公益通報対応体制に関する「議論の素材」として説明に用いなければならないわけではない。説明に用いることができるにとどまり、法的効力は弱い。紛争が発生した場合の裁判所にとっても法的効力は同様である。」とある。
この時、事業者が法および逐条解説、指針を参照した時に体制整備義務は内部通報のみに適用されると考えることに妥当性はあるか。
【回答7】
質問7の第1段及び第2段は、質問の前提としての「解説」や「指針」の記述である。第2段は、指針第4の2に「事業者は、公益通報者を保護する体制の整備として、次の措置を取らなければならない」とあり、「内部公益通報」との限定がないことから混乱が生じているようであるが、これは「公益通報」という指針における用語の定義と「公益通報者」という公益通報者保護法第2条第2項の用語の定義との弁別が困難であることから生じていると思料する。法が定義する「公益通報者」の用語に指針の「公益通報」の用語の定義を読み込んでしまっている誤謬がある。
そもそも、法第11条第4項の「指針」は、第1項及び第2項の内部公益通報体制の整備を内閣総理大臣に委任するものである以上、その委任の範囲を超えて外部通報にかかる体制の整備や構築を指針によって策定することはできない。実際、指針第4にも「内部公益通報体制の整備その他の必要な措置」とあり、第4の2も、内部公益通報体制に関するものと限定的に解するのが当然である。
なお、指針第4の2に「事業者は、公益通報者を保護する体制…」とあり、そこに「公益通報者」の用語が用いられ、内部通報の通報者に限定する旨の明示的な説明が無いことが混乱を招いているようである。そこでの「公益通報者」の語句は、「公益通報をした者」(法第2条第2項)の意味であり、文脈から内部公益通報の通報者に限定されるのは当然である。そこでの「公益通報者」の「公益通報」は、指針における用語の定義としての「公益通報」(外部通報を含む)として用いられているものではないことに注意されたい(厳密には、「内部公益通報の公益通報者」と書くべきところを「公益通報者」としたものであり、そこに「外部通報も含む公益通報をした者」と読み込むべきではない。「公益通報者」という用語に2つの異なる定義を読み込むことになるからである。
第3段は、「指針」ではなく、「指針の解説」の効力を尋ねるものであるが、そもそも「指針」は法第11条4項が法第11条第1項及び第2項の体制整備のために内閣総理大臣に委任したものであり、委任の範囲を逸脱しない限りにおいて法規範としての性格を有するが、「指針の解説」は参考資料にすぎない。いわば学者による「学説」と同じであり、事実上の影響力を有するが、法的効力は持たない。いずれにしても「解説・改正公益通報者保護法(第2版)」における所論の「法的効力は弱い」という表現は、正確性に欠ける。
第4段の質問に対する回答は、「妥当」である。外部通報を除外して内部通報体制を構築することが法第11条第1項及び第2項にいう内部通報体制の整備と構築を目的とする同条第4項に違反するとはいえないからである。
質問8
公益通報者保護法第2条の公益通報の定義には、真実相当性が含まれておらず、また「公益通報ハンドブック」p6の「1.通報者が「公益通報者」として保護されるために必要な事項」に、真実相当性は含まれていない。
一方、体制整備を定めた指針の用語の説明に「公益通報は法第2条第1項に定める「公益通報」をいい、処分等の権限を有する行政機関やその他外部への通報が公益通報となる場合も含む」とあるが、指針第4の2で求める体制整備において、外部通報の真実相当性の有無は必要としないと理解してよいか。
【回答8】
質問8の第1段は、「公益通報ハンドブック」p6の「1.通報者が「公益通報者」として保護されるために必要な事項」という文章の意味に関するものである。思うに、当該文章は、「公益通報者」としての保護を受けるための必要条件をいうものである。つまり、公益通報者保護法第3条又は同第5条の保護を受けるためには、まず当該通報が「公益通報」であることが前提となっているため、法第2条の定義要件の具備が「保護されるために必要な事項」とされているのである。これをもって法第3条3号ないし同5条3号の保護要件がなくとも保護される場合があることを示すものだと受け取ったのだとすれば、それは誤読である。必要条件と十分条件の区別を弁えるべきである。
つまり、公益通報としての保護を受けるには、「1.通報者が「公益通報者」として保護されるための必要な事項」(必要条件)に加えて「2.公益通報者保護法に基づく保護を受けるための要件」(十分条件)を充足する必要があるのである。
質問8の第2段は、指針第4の2が求める体制整備が外部通報の真実相当性の有無を必要としないのかというものであるが、指針第4の2が、内部公益通報の体制整備に関するものであり、そこでの「公益通報者」が外部通報をした者を含まないものであることは、質問7の回答で述べたとおりであり、質問の前提を誤っている。
ところで、過日、百条委員会での質疑応答の中で、県議から教育委員会等の行政委員会に「外部通報」の窓口を設置することを求める質疑があり、少なからず混乱を覚えた。定義上の矛盾と混乱を感じたからである。公益通報者保護法第2条第1項は「役務提供先があらかじめ定めた者」に対する通報を「役務提供先」と合わせて「役務提供先等」として1号内部通報の通報先としており、教育委員会等の行政委員会に設置した通報先は、社外の弁護士、通報受付会社、労働組合などと同じく「役務提供先等」であり、1号内部通報の通報先である(「逐条解説」p71参照)。これを「外部通報」の通報先との表現を用いて質疑することは概念上の混乱を招くものであった。議会におけるこうしたやりとりが、3号外部通報が真実相当性と切り離して保護される場面があるという誤った理解を生んでいるのではないだろうか。
質問9
告発文の作成者を特定するための調査過程(3/23~3/25)で、元県民局長の公用PCから発見されたクーデター計画等のファイルを根拠に、「不正の目的」であるため公益通報にあたらないという主張がされているが、「不正な目的」かどうかの判断は、告発文書を認識した時点(3/21)で判断すべきものではないのか。
「不正な目的」を立証する上で必要な条件についてどう考えるか。
【回答9】
「公益通報」に当たるか否かは、通報の時点を基準に判断される(消費者庁参事官室「逐条解説・公益通報者保護法〔第2版〕」(以下「逐条解説」と省略する)P81)。
所論は「不正の目的」の「判断基準時」と、実際に「不正の目的」の判断を行う時点(懲戒処分などの処分時、或いは、司法裁判の判断時)とを混同している。不当な目的の「判断基準時」とは、通報者がその主観において「不当な目的」を有していたか否かを、通報時を基準にして判断するという意味である。もちろん、通報の前後に発せられた発言や後日発見された資料等も通報時の「不当な目的」を証明ないし推断する上で重要な証拠となる。
更に、所論は「不当な目的」を通報の相手方が認識しなければならないかのように誤解している節がある。「不当な目的」は、通報時における通報者の主観に関するものであり、通報時における通報先の認識とは別物であることに留意すべきである。
告発文書による通報後に発見された公用PC内のクーデター計画のファイルは、告発文書による通報前に作成されたものであり、通報時における通報者の計画や目的を合理的に推認させるものである。そうである以上、たとえそれが通報時において通報先が知りえなかったものであったとしても、通報時における通報者の「不当な目的」の存在を立証する証拠資料として用いることに何の問題もない。
質問10
「不正な目的」と考えられる事情と公益目的と考えられる事情が併存している場合、「不正な目的」についてはどのように判断されるのか。
不正な目的を立証する上で必要な条件についてどう考えるか。
【回答10】
質問10の前段は、「不正の目的」と「公益目的」が並存する場合における「不正の目的」の判断基準を問うものであるが、名誉毀損における真実性の証明の前提要件とされている「専ら公益を図る目的」(刑法230条の2)については、たとえ不正の目的が介在しても「主たる動機が公益目的」であればこれを認めている。ここから、「不正の目的」と「公共目的」が並存している場合、その主たる動機が「不正の目的」であると認められることが必要である。
質問10の後段(不正な目的を立証する上で必要な条件についてどう考えるか)に対する回答は、次のとおりである。
- 1)「不正の目的」が複数ある動機の中で主たるものであること
- 2)「不正の目的」の判断基準時は「通報時」であること(回答9参照)
- 3)「不正の目的」は通報者の主観であり、通報先の認識とは別であること
- 4)「不正の目的」の立証責任は、事業者側にある(「逐条解説」p82)。
- 5)「不正の目的」の有無は、複数ある訴因(告発文書に記載された複数の通報対象事実)のそれぞれについて認定されるべきものであること
- 6)「不正の目的」とは、公序良俗に反する目的をいい、不正の利益を得る目的、他人に不正の損害を与える目的や貶める目的などをいうこと(「逐条解説p59~60。)
因みに、知事を失職させるクーデター計画云々は他人である知事を貶て不正の損害を与えるものであり、「不正の目的」である。
質問11
元県民局長は3月の文書配布の後、今年4月に兵庫県の公益通報窓口に文書と同様の内容と思われることについて内部通報を行った。その後、5月に兵庫県は、3月の文書配布等について懲戒処分を行った。
元県民局長が行った4月の内部通報の調査結果を待たずに、兵庫県が3月の文書配布について処分を行ったことの適法性についてどう考えるか。
【回答11】
1号内部通報については事業者等の権利侵害のおそれがないと考えられているが、マスコミやインターネット上での公表を含む3号外部通報においては、これによって事業者や第三者が被りうる権利侵害(名誉毀損、信用毀損、偽計業務妨害、営業秘密等の機密情報の漏洩、個人情報の漏洩等)のおそれがある。1号内部通報と3号外部通報との間に法的保護を受けるための保護要件に違いがあるのはそのためである。1号内部通報の保護要件は主観的な「思料」で足りるが、3号は客観的な「真実相当性」が必須要件とされ、かつ、法第3条3号イ~への特定事由を具備する必要がある。
たとえ通報の内容が同じであっても、3号通報と1号通報とは通報先の異なる別個の通報であり、保護要件については、別個に判断されるべきものである。3号通報(例えばネット上の公開によるもの)がなされた後に、同一の内容が1号通報されたとしても、それが3号通報として漏洩・公表・伝播等の危険に晒された事実は消滅しない。後日の内部通報によって3号通報の保護要件の欠缺が治癒されることはない。
つまり、3月の告発文書による外部通報と4月の内部通報とは、通報先の違う別個の2つの通報がなされたものとして処理されるべきであり、先になされた外部通報の保護要件に関する判断は、その後になされた内部通報による影響は受けない。すなわち、4月になされた内部通報の調査結果を待つ必要はないのであり、これを待つことなく行った懲戒処分は適法である。
質問12
元県民局長による文書配布への兵庫県の対応の適法性についてどう考えるか。
【回答12】
ここで兵庫県の対応として問われているのは、元県民局長によって配布された文書(以下「告発文書」という。)に接した知事が直ちに副知事らに通報者の探索を指示し、程なく通報者が特定されたことをいうものとして回答する。
告発文書の内容は、斎藤知事や兵庫県政に対する批判にとどまらず、斎藤知事に対する誹謗中傷はもちろん、関係企業や職員らの実名を記して名誉毀損、信用毀損、業務妨害、個人情報の漏洩等がなされており、そのまま事態を放置することが許されないものであった。既にマスコミや議員に対して頒布されていたが、それ以上の拡大を阻止し、再び同様の告発文が頒布されないよう抑止する必要もあった。そのため迅速な通報者(加害者)らの特定が必要と認められる緊急性があった。しかも、告発文の内容から、兵庫県の職員によるものと推認できたということであり、通報者(加害者)の特定は、職員らの管理監督者たる知事の責務でもあった(告発文書が複数の通報先に頒布された時点で国賠法1条1項の違法行為が成立し、兵庫県は実名を記された関係企業や職員らに対する損害賠償責任を負っていると解される。)。
告発文が外部に頒布されていることを知ってからの知事及び副知事らの初動は、迅速かつ合理的であり、その結果、元県民局長が作成頒布したものであることを突き止め、告発文による関連企業や職員らの被害を最小限に抑えることができたことは、むしろ、賞賛に値する。
また、告発文書のマスコミ等の外部へ頒布されたことが、公益通報者保護法第2条3号の外部通報に該当し、通報者(加害者)の探索と特定が公益通報保護法に違反するという議論があるようだが、これに対しては次のように考える。
まず、告発文書による通報は、公益通報に該当しないことは質問1に対する回答で述べた通りである。仮に公益通報に該当するとしても、保護要件である真実相当性も特定事由も認められない。3号通報としての保護が受けられない以上、通報者に対する不利益取扱いとしての通報者の探索もその特定も違法とはなりえない。
質問13
本件において、告発文が公益通報に該当するか否かはさておき、公益通報に当たる可能性を一切排除し、告発文の被告発者が自らの判断で告発文は事実無根と断じ、さらに、第三者委員会などを設置することなく、内部調査で調査を済まそうとした初動については、知事という権力者として不当な対応、初動だったのではないか。この点について、ご見解を伺いたい。
【回答13】
回答の前提として地方公務員法における懲戒処分等の首長の権限について整理する。地方公務員法は首長たる知事に職員に対する分限処分(地公法28条1項)及び懲戒処分(同29条1項)の権限を付与している。分限処分又は懲戒処分の手続・方法については条例で定められている(同28条3項、同29条3項)。懲戒その他の意に反すると認める不利益な処分に不服ある者は、人事委員会又は公正委員会に対し、不服審査を申立てる権利を有している(同49条の2)。因みに、申立期間は処分を知った日の翌日から起算して3月以内である(同49条の3)。
それが公益通報に該当し、かつ、保護要件を満たすものであったか否かは、知事の権限とされている分限処分ないし懲戒処分の中で検討されるべき事由の1つである。公益通報保護法を理由とした異議も不服審査における審査対象となる(公益保護法第5条3号の保護要件が認められれば当該処分は無効となる)。また、人事委員会等による裁決に不服があれば、司法裁判所に対して取消訴訟を提起することができる。
質問13は、公益通報に当たる可能性を一切排除し、告発文の被告発者が自らの判断で告発文は事実無根と断じ、さらに、第三者委員会などを設置することなく、内部調査で調査を済まそうとした初動について、それが不当な対応ではなかったかとの疑問に基づくものと思料されるが、当職は聊かの疑問も感じない。
その理由は、上記のとおり、知事の対応には、法令上の手続き違反はなく、事実無根とする判断も妥当なものと思料するからである。事実無根という判断は、3号通報の保護要件たる真実相当性を否定するものであり、公益通報に当たる可能性を一切排除していたとも思えない(仮に公益通報に当たる可能性があるとしても、法第5条3号の保護要件を具備しないとしてその保護の可能性を排除したとも考えられるという意味である。)。
その判断の当否(公益通報者保護法違反の有無に対する判断も含む)については、準独立委員会である人事委員会等への不服審査(地公法第49条の2)の道が開かれており、手続や判断の内容に違法があれば、そこでの裁決において覆ることになる(そこでの裁決に不服があれば、更に司法審査を求めることができる)。
今回の事案は、元県民局長による告発文書(それは知事や県政の批判にとどまらず、関係企業や職員を実名入りで誹謗中傷し、個人情報を漏洩するものであった。)の頒布(3号通報先への通報)による非違行為が明らかであり、かつ、公益通報者保護法による保護もないことが明白な事案であり、敢えて第三者委員会などを設置して慎重な検討を行う必要はなく、内部調査で済ますことで迅速な処分を行ったことに特段の問題があるとは思えない。
実際のところ、元県民局長は告発文書の頒布を理由とする3月27日の分限処分(西播磨県民局長の解任)についても、5月7日の懲戒処分(停職3か月)についても、不服審査を申立てていないし、不服審査を申し立てる構えも見せなかった(分限処分については6月28日に申立期限を経過している)。そのことは、元県民局長自ら、告発文書を複数の通報先に頒布する行為が公益通報者保護法の保護(不利益処分の禁止)を受けられるものと考えていなかったものと推認される。
質問13では、第三者委員会などを設置しなかったことの当否も問われているが、前述したとおり、条例や規則のない限り、第三者委員会などの設置は知事の裁量であり、その裁量判断においては、迅速な処分の必要性や懲戒事由の明白性も考慮事由となる。本件では敢えてこれを設置しなかったことに特段の問題はなかった。
告発文書には、知事に対する非難ないし批判的事実だけでなく、実名が記された関係企業の信用毀損や県職員に対する名誉毀損ないし個人情報漏洩の違法が一見して明らかに認められ、関係者の法益侵害ないしその拡大を阻止する必要上、迅速に加害者(通報者)を特定し、更なる権利侵害を阻止する必要が認められる。加害者たる通報者の迅速な特定と適正な処分は、むしろ、県民から権限を委ねられた権力者たる知事の使命であり、権力を委ねた県民に対する責務である。
本件では、知事の初動により、加害者(通報者)の特定が迅速になされ、速やかな処分が行われた。これは賞賛に値する。他方、元県民局長の人権に対する侵害については、懲戒処分等の不利益処分を争う道があるにもかかわらず、敢えて申立てを行わなかったことから、処分それ自体には納得していたものと考えられる(告発文書が3号外部通報としての保護を受けられるものとは考えていなかったものと推認される)。
質問14
クライアント先から、今回のようにマスコミ等へ送付された文書を入手して、その対応を相談された場合にどのように助言するか。
【回答14】
その内容が生命・身体の危険若しくは財産に対する一定の重大な損害が生じえるものであり、現在性ないし切迫性があり、かつ、一定の信用性が認められるものであれば、直ちに警察に届け出るか、或いは、SNS上で公表することを勧める(場合によれば当職が当職の名において投稿することも選択肢の1つとして提案する)。
そうした緊急性がなく、或いは、内容の信憑性に疑問がある場合は、通報先であるマスコミ等による判断を待ち、事態を見守るよう助言する。
仮に、当該文書の内容が、相談しにきたクライアントに対する誹謗中傷である場合、かつ、その通報者がクライアントの従業員ないし役員であると考えられる場合、まず、犯人の特定を行い、その上で適切な処分(刑事告訴を含む)をとるよう助言する。