当ページの概要
2024年末~2025年1月頃、百条委員会が、公益通報者保護法に関して、承知した参考人に加えて有識者数人に書面調査を行いました。
当ページでは、徳永信一弁護士による書面調査回答の全文を文字起こしのうえ掲載します。
(参考)野村修也弁護士のXアカウント
書面調査の回答(文字起こし)
兵庫県議会
文書問題調査特別委員会御中
意見書
中央大学法科大学院教授
森・濱田松本法律事務所弁護士
野村修也
Ⅰ 評価の留意点
齋藤元彦兵庫県知事(以下「斎藤知事」という。)が元県民局長の通報(以下「本件通報」という。)に対して行った対応を公益通報者保護法(以下「法」という。)に照らして評価する場合には,次の点に留意する必要がある。
まず,違法であったか否かという評価と,妥当であったか否かという評価を明確に分けて議論することが必要である。違法であったことと,適法だが妥当性を欠いたこととの間には,非難の度合いに大きな隔たりがあるからである。知事の進退にも影響を及ぼす可能性を持つ百条委員会としては,違法と言い切れるかどうかを丁寧に分析すべきであり,法的責任なのか道義的責任なのかを曖昧にしないことが肝要である。
次に,違法性の評価に当たっては,法令を忠実に当てはめるべきことは勿論であるが,本件のような調査体制等の整備や運用が問題となる事例では,㋐「今から思えば」といった後知恵的な観点を混在させないことと,㋑手段の選択について行為者に裁量の余地がある点に留意することが大切である。このことは,株式会社における内部統制システムの構築及び運用義務(※1)(公益通報に関する体制整備等はその重要な構成要素である)について,裁判所が常に警鐘を鳴らしている点である(大阪地判平成12・9・20判時1721号3頁〔大和銀行事件〕,東京地判平成16・12・16判時1888号3頁〔ヤクルト本社事件〕,大阪地判平成16・12・22金判1214号26頁①事件〔ダスキン事件〕など)。特に本件は告発者がお亡くなりになったという不幸な事案であるため,その深刻な結果に対する政治責任(結果責任)を問う声が生ずるのは当然であるし,それを踏まえた新たな法改正の動きもみられる。しかし,政治責任については選挙を通じて有権者の判断を仰ぐべき事柄であり,すでに県民の判断は下されている。したがって,ここではあくまでも行為の違法性に焦点を合わせて論ずることが必要であり,その際には,行為の時点における法令及び社会規範を基準として評価することが肝要となる。
※1 差し当たり、拙稿「内部統制システム」会社法判例百選(第4版)所収(別冊ジュリスト254号)参照。
さらに,本件事案に法及び「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して,その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(以下「指針」という。)を適用する際には,「公益通報」「第1号通報」「内部公益通報」「第3号通報」「内部公益通報対応体制」「内部公益通報対応体制その他の措置」という概念を正確に使い分ける必要がある。
「公益通報」という概念は,法第2条に定める通報をいうので,同条所定の通報権者が,事業者等について通報対象事実が生じ,又はまさに生じようとしている旨を,不正な目的なしに,㋐役務提供先等(以下「1号通報先」という。),㋑処分等の権限を有する行政機関(以下「2号通報先」という。),㋒「その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生若しくはこれによる被害の拡大を防止するために必要であると思われる者」(以下「3号通報先」という。)のいずれかに通報する行為をいう。この意味での「公益通報」は通報行為そのものを指しているので,法第3条各号ないし第6条各号に定める保護要件の有無を問わない。
「第1号通報」とは法第3条第1号に定める公益通報,すなわち,1号通報先に対する公益通報をいう。その通報者が不利益処分から守られるためには,法第3条第1号に定める保護要件を満たすことが必要となる。以下では,この保護要件を満たした第1号通報を「保護される第1号通報」という。
「内部公益通報」とは,第1号通報及び法第6条第1号に定める公益通報をいう。その通報者が不利益処分から守られるためには,法第3条第1号ないし第6条第1号の保護要件を満たすことが必要である。以下では,これらの保護要件を満たした内部公益通報を「保護される内部公益通報」という。
「第3号通報」とは法第3条第3号に定める公益通報,すなわち,3号通報先に対する公益通報をいう。その通報者が不利益処分から守られるためには,法第3条第3号に定める保護要件を満たすことが必要となる。以下では,この保護要件を満たした第3号通報を「保護される第3号通報」という。
「内部公益通報対応体制」とは,法第11条第2項に定める,事業者が内部公益通報に応じ,適切に対応するために整備する体制をいう。それに対し,「内部公益通報対応体制その他の必要な措置」とは,内部公益通報対応体制にその他の必要な措置を加えた総称である。したがって,この総称を表すために,「内部公益通報対応体制」に「等」の文字を付け「内部公益通報対応体制等」と表記することも可能である。
Ⅱ 本件通報の特殊性
本件通報を公益通報者保護法に当てはめる際には,下記の時系列のうち,①~⑪までの時点と⑫以降の時点とで通報の性質が変わっていることに留意する必要がある。前者の期間に行われていた①の通報は,3号通報先(法第2条第1項柱書)に対する通報であり,通報者である元県民局長が①を根拠とする不利益処分から守られるためには,法第3条第3号に定める保護要件を満たした「保護される第3号通報」である必要があった。それに対し,後者の期間に行なわれていた⑫の通報は,1号通報先(法第2条第1項柱書)に対する通報であり,通報者である元県民局長が⑫を根拠とする不利益処分から守られるためには,法第3条第1号に定める保護要件を満たした「保護される第1号通報」であることが必要だった。
①3月12日
元県民局長が,斎藤知事を告発する文書(以下「本件文書」という。)を兵庫県警,県議会議員,新聞記者らに匿名で送付
②3月15日
兵庫県警は本件文書を受領したが,8月20日の県議会警察常任委員会の時点で「公益通報としての受理に至ってない」と証言
③3月20日
齋藤知事が本件文書を一般人から受領
④3月21日
斎藤知事は,片山保孝元副知事(以下「片山元副知事」という。)らと本件文書に関して協議をし,徹底的な調査を指示。これを受けて片山元副知事らは公用メールの調査を行うことを決定。
⑤3月23日
公用メールの調査によって,元県民局長が本件文書の作成者である疑いが強まる。
斎藤知事と片山元副知事らが協議を行い,3班に分かれて3か所に同時調査を行うことを決定。
⑥3月25日
片山元副知事らが,アポイントメント無しに職場を訪ねて元県民局長に対して聴取。公用パソコンを回収。
⑦3月27日
元県民局長を局長職から解任し,退職届の受理を取消す。斎藤知事は記者会見で「業務時間内なのに嘘八百を含めて文書を作って流す行為は,公務員として失格」と発言。
⑧3月28日
朝日新聞デジタルが,本件文書を参照したと思われる記事を掲載。
⑨3月30日
神戸新聞NEXTも,本件文書を参照したと思われる記事を掲載。
⑩4月1日
元県民局長は,斎藤知事の記者会見に対する反論文書を報道機関に送付。
兵庫県人事課の職員が,県の特別弁護士のところに相談(以後,複数回にわたり相談)。
⑪4月2日
報道各社が,本件について報道。
⑫4月4日
元県民局長が,改めて実名で県の公益通報窓口に通報。兵庫県の職員公益通報制度を所管する県財務部県政改革課が調査を開始。
⑬4月14日
県の特別弁護士が,本件文書は公益通報に当たらないとの見解を提示。
⑭5月7日
兵庫県は,元県民局長に対し停職3カ月の懲戒処分を下す。
⑮6月13日
百条委員会を設置
⑯7月7日
元県民局長が死亡
⑰9月18日
第三者委員会を設置
⑱12月11日
兵庫県は内部調査の結果を公表。
Ⅳ 論点
兵庫県は,2024(令和6)年3月27日に元県民局長を局長職から解任し,退職届の受理を取消した上で,同年5月7日に元県民局長に対して停職3月の懲戒処分を行った。その理由としては,4つの事実が示されているが(※2),その中に「令和6年3月,知事や一部の幹部職員を誹謗中傷する文書を作成・配布し,多方面に流出させたことで,県政への信用を著しく損わせた。」ことが含まれている。
※2 処分理由は次の4点である
①令和6年3月,知事や一部の幹部職員を誹謗中傷する文書を作成・配布し,多方面に流出させたことで,県政への信用を著しく損わせた。
②平成23年~28年にかけて,人事課管理職時に,業務の目的外で人事データ専用端末を使用して特定の職員(1名分)の顔写真データを2回表示・撮影し,又は顔写真データを1回コピーして,そのデータを公用PCに保存し,人事異動の際には,そのデータを自宅に持ち帰った上で異動先の公用PCに保存することによって,業務上の端末を不正に利用するとともに,個人情報を不正に取得し持ち出した。
③平成23年から14年間にわたって,勤務時間中に計200時間程度,多い日で1日3時間,公用PCを使用して業務と関係のない私的な文書を多数作成し,職務専念義務等に違反した
④令和4年5月,次長級職員に対して人格を否定する文書を匿名で送付するハラスメント行為を行い,当該職員に著しい精神的な苦痛を与えた。
つまり兵庫県は,元県民局長が本件文書を多方面に流出された3月12日の行為(①)を理由として不利益処分を行ったものであり,4月4日に改めて実名で県の公益通報窓口に通報したこと(⑫)を理由として不利益処分を行ったものではない。したがって,本件では,元県民局長が3月12日に本件文書を多方面に流出された行為(①)が「保護される第3号通報」に当たるかが問題となる(以下「論点(1)」という。)。なぜなら,これが「保護される第3号通報」に当たるのであれば,この処分は公益通報者保護法第5条第1項に違反した違法な処分だったことになるからである。
斎藤知事は,2024(令和6)年3月21日,片山元副知事らと本件文書に関して協議をし,徹底的な調査を指示した(④)。これを受けて,片山元副知事らは公用メールの調査を行うことを決定し(④),同月23日,当該調査によって元県民局長が本件文書の作成者である疑いが強まったことから,斎藤知事と片山元副知事らが協議を行い,3班に分かれて3か所に同時調査を行うことを決定した(⑤)。同月25日,片山元副知事らが,アポイントメント無しに職場を訪ねて元県民局長に対して聴取を実施し,公用パソコンを回収した。これら一連の行為は通報者の探索に当たるが,はたしてこれは法及び指針に照らして違法といえるかが問題となる(以下「論点(2)」という)。
Ⅵ 論点(1)について
保護される第3号通報の要件は,❶現役の労働者または1年以内に退職した者が,❷役務提供先について,あるいは,当該役務提供先の事業に従事している役員,従業員,代理人その他の者について,❸通報対象事実が生じ,又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由を有し,かつ,❹法第3条第3号イ~へのいずれかに該当する状況の下で,❺不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的を持たずに,❻3号通報先へ通報することである(法第3条第3号)。
本件についてこれを見るに,元県民局長は3月12日の時点では兵庫県庁に勤務していたのであるから❶の要件は満たす。本件文書による通報内容は,斎藤知事,片山元副知事,兵庫県職員らの行為を告発するものであるため,❷の要件も満たす。本件文書には,斎藤知事ら幹部の行為に関するものが含まれているので,役務提供先に対して1号通報を行うと「不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由」(法第3条第3号イ)があると考えられることから,❹の要件も満たす。元県民局長の通報先は,兵庫県警,新聞社,放送局,県議会議員,国会議員であり,本件の通報内容に照らし3号通報先になり得るため,❻の要件も満たす。
したがって,問題は,❸通報対象事実が生じ,又はまさに生じようとしていると信ずるに足りる相当の理由があったかという点と,❺不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的があったかという点に絞られることになる。
まずは❸について考えてみたい。ここで「通報対象事実」とは,法及び政令が定める「対象法律」に規定された罪の「犯罪行為の事実」及び「過料の理由とされている事実」である。
そこで,本件文書に記載された①~⑦の項目が通報対象事実に該当するかを考えてみるに,まず①②③⑤⑦については,以下の理由から❸の要件を欠くものと考えられる。①については,そもそも犯罪行為となる事実が指摘されていないので❸の要件を欠く。②③については,公益通報の対象法律が「個人の生命又は身体の保護,消費者の利益の擁護,環境の保全,公正な競争の確保その他の国民の生命,身体,財産その他の利益の保護に関わる法律として政令で定めるもの」に限定されているため(別表(第二条関係)),公職選挙法や地方公務員法は対象法律に含まれていない。そのため,②③も❸の要件を欠く。⑤については,犯罪行為の指摘が不明であるが,仮に何らかの違法行為があったとしても,政治活動に関する法令は対象法令に含まれていないことから,⑤も❸の要件を欠く。⑦については,パワーハラスメントに関する通報であるが,この種の通報は,ハラスメントが暴行・脅迫などの刑法犯に該当する場合を除き,公益通報に当たらない。このことは,消費者庁の「通報対象事実(通報の内容)に関するQ&A」(※3)に明記されている。⑦の通報内容の中には,暴行罪や傷害罪が成立するほどの重大事案が示されていないため,⑦も❸の要件を欠くと考えられる。
そうだとすると,残るは④と⑥と言うことになる。
まず④については,知事に単純収賄罪(刑法第197条第1項前段)が成立するか否かが争点となる。そもそも知事が贈答品を個人的に収受していない場合には,知事個人が最も良く知るところであるので,調査をするまでもなく真実相当性は否定されることになる。仮に,知事が個人的に収受した贈答品があった場合でも,公務員が収受する金品がすべて「賄賂」になるわけではないことは,政治献金に関する判例(大阪タクシー汚職事件)が示している通りである。すなわち,「献金者の利害に関係のない,いわば浄財的な資金の贈与が賄賂にあたらないことはもちろんであるが,政治献金がなんらかのかたちでの利益の見返りを期待してなされるという現状にかんがみると,献金者の利益を目的とする場合でも,献金者の利益にかなう政治活動を一般的に期待してなされたと認められる限り,その資金の贈与は,政治家が公務員として有する職務権限の行使に関する行為と対価関係に立たないものとして,賄賂性は否定されることになると思われる。しかしながら,上記の場合とは異なり,資金の贈与が,政治家が公務員として有する職務権限の行使に関する行為と対価関係に立つと認められる場合,換言すれば,職務権限の行使に関して具体的な利益を期待する趣旨のものと認められる場合においては,上記の政治献金の本来の性格,贈収賄罪の立法趣旨ないし保護法益に照らし,その資金の賄賂性は肯定されることになると解すべきである(下線は筆者による。)」(大阪高判昭和58年2月10日刑事裁判月報15巻1・2号1頁)と判示されており,この考え方は,上級審である最高裁でも維持されている(最判昭和63年4月11日刑集42巻4号419頁)。こうした観点からすれば,単なる儀礼的な贈答品が賄賂に当たらないのは当然であると同時に,知事に自社製品を話題にしてもらうことを一般的に期待した贈答品も賄賂には当たらないことになる。そうだとすれば,知事の職務権限の行使に関して具体的な利益を期待していたような事例を告発しているかが争点となるが,④の通報の中にそれを伺わせる指摘は認められない。したがって,そもそも(例1)~(例4)の贈答品を知事自体が収受していない場合はもちろんのこと,仮に知事が個人的に収受した場合でも,④の通報だけでは❸の要件は満たさないと考えられる。
次に⑥については,信用金庫からのキックバックという手法を用いてパレードの資金を捻出したという事実が指摘されている。仮にそれが真実であるならば対象法律である刑法上の背任罪が成立しうるので,通報対象事実としての要件は満たしうる。したがって,争点は,この⑥の通報に真実相当性が認められるか否かに絞られる。本件文書には,パレードへの寄付と信用金庫への補助金の増額とを結び付けて考えた理由が示されておらず,それを信じた裏付け資料や供述等の存在も指摘されていない。本件文書に登場する「パレードを担当した課長」が病気休暇中という事実だけでは,犯罪があったことを疑わせる事実としては不十分であると言わざるを得ない。この程度の通報でも真実相当性を認めるべきとの主張はあるかと思うが,その最終的な評価は裁判所の判断に委ねられる。ただし,本件において斎藤知事は,元県民局長に対し3月の懲戒処分を下すに当たり,県の特別弁護士の意見を聴取し当該処分に法的問題はないとの見解を得ている。一般に,法的判断について専門家の意見を徴収した場合には,その内容が明らかに不合理でない限り,専門家の判断に従った行為者は免責を主張できるという原則(「信頼の原則」とか「信頼の権利」と呼ばれている。)がある。したがって,仮に⑥が保護されるべき第3号通報であったにもかかわらず不利益処分を行ったと評価されることがあっても,斎藤知事個人は信頼の権利を主張することで,違法行為の認定を免れることになると考える。
最後に❺の要件(不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的がなかったという点)が問題となる。しかし,この点は,書面からは窺い知ることができない事柄であるから,これを確定するには,通報者本人との面談等を通じて意図を確認することが必要となる。当職は,元県民局長から入手した公用パソコンに残されたファイル等を見ていないので,ここでは評価することは差し控える。
Ⅶ 論点(2)について
【1】法第11条第2項の解釈
論点(2)に関してはまず,事業者は,第3号通報についても,法第11条第2項に規定された「第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置」をとる必要があるかが問題となる。
この点について,消費者庁消費者制度課政策企画専門として法の改正や指針の策定を担当された中野真弁護士は,山本隆司ほか著『解説改正公益通報者保護法[第2版]』(弘文堂,2023年)224頁において,「この『必要な体制の整備その他の必要な措置』は,『第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に』との留保があることから,法11条1項と同様に,公益通報のうち内部公益通報に対応するための体制整備に限定している」と解説している。しかし,その一方で,「事業者は指針に沿って体制整備等義務を履行することが必要」だと述べた上で(同書225頁),指針のうち「不利益な取扱いを防止する措置」の記述に注を付して「内部公益通報をした者に限らず,2号通報および3号通報をした者に対する不利益な取扱いも防止等の措置をとる必要がある」(同書258頁注165))と解説している。
この解説は矛盾しているように読めるが,指針には,内部公益通報を前提として体制整備を求めている部分(指針第3並びに第4.1及び3)と,公益通報一般を対象として体制整備を求めている部分(指針第4.2)とが書き分けられているのであり,「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示118号)の解説」(以下「指針の解説」という。)14頁でも「法第2条に定める『処分等の権限を有する行政機関』や『その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者』に対して公益通報をする者についても,同様に不利益な扱いが防止される必要があるほか,範囲外共有や通報者の探索も防止される必要がある。」と明記されているのであるから,法第11条第2項に規定された「第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置」は内部公益通報には限定されないと解する必要がある。すなわち,法第11条第2項は,「第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備」までが一括りで,かかる内部公益通報対応体制を例示とした上で「その他の必要な措置」の中に2号通報および3号通報を含む公益通報一般を対象とした体制整備が含まれていると読むことになる。
では,なぜ中野弁護士のような記述が生まれたのだろうか。まだ指針が策定されていなかった2021(令和3)年の段階で,中野弁護士は,山本隆司ほか著『解説改正公益通報者保護法』の初版の中に,「この『必要な体制の整備その他の必要な措置』については,前提として,『第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に』とあることから,法11条1項と同様に,公益通報のうち1号通報に対応するための体制整備に限定している」との解釈を記述していた(初版212頁)。字句に若干の違いはあるものの,先に引用した第2版の解釈と同じ内容である。他方において,この時点では指針がまだ策定されていなかったため,初版のうち「不利益な取扱いを防止する措置」について述べた部分(初版239頁)には「内部公益通報をした者に限らず,2号通報および3号通報をした者に対する不利益な取扱いも防止等の措置をとる必要がある」といった注は付されていなかった。しかも,この措置に関する解説は,すべて1号通報を念頭に置いて書かれていた。つまり,指針ができるまでは,法第11条第2項に規定された「第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置」は1号通報に限定される(以下「内部公益通報者限定説」という。)というのが立法担当者(中野弁護士)の理解だったと考えられる。
こうした内部公益通報限定説は,条文から導くことができないわけではない。その場合も法第11条第2項の読み方は,「第三条第一号及び第六条第一号に定める公益通報に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備」までを一括りとし,それを例示とした上で「その他の必要な措置」という広い概念で受けていると解することになるが,「その他の必要な措置」の内容を「体制の整備」という言葉では収まり切れない措置を指すものと解釈することになる。具体的には,体制整備に加えて,いわゆる統制環境の改善やPDCAサイクルを回すための提言などのようなアクションを含む概念が「措置」に当たると解するわけである。そして,こうした解釈は必ずしも不合理な読み方というわけではない。
実は,公益通報者保護法の改正を審議した消費者委員会の公益通報者保護専門調査会(第9回会合から第24回会合まで)の議事録を読んでみても,新設する体制整備に関する議論はいずれも第1号通報を念頭においていた。また,指針のあり方を審議した消費者庁の公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会の資料や議事録等を見ても,全部で5回開催された委員会の3回目(2020(令和2)年12月23日開催)の段階ですら,「これまでの検討を踏まえて現時点において考えられる方向性」と題する配布資料における「公益通報」の定義は「事業者内部に対する公益通報(法第3条第1号及び第6号第1号に定める公益通報)」に限定されていた。そのため,「2.(1)不利益な取扱いを防止する体制」に関する記述も,「事業者の役職員が,1号通報をした者に対して,1号通知をしたことを理由として不利益な扱いを行うことを防ぐための措置」のように,明確に第1号通報に限定した文章になっていた。それは当然と言えば当然のことで,この法第11条第2項は,もともとは改正前に存在していた「公益通報者保護法に基づく内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン(内部の職員等からの通報)」(以下「民間ガイドライン(内部通報)」という。)を法定指針に格上げすることを目的としていたのであり,当該民間ガイドライン(内部通報)は内部公益通報に限定して作られたものだったからである。このことを踏まえれば,山本隆司ほか著『解説改正公益通報者保護法』の初版において中野弁護士が述べていた解釈は,指針ができるまでの一般的理解だったのではないかと推断される。おそらくこの後,指針の文案が作成されていく過程の中で,内閣法制局等とのやり取りなども踏まえながら,消費者庁は現在の解釈へと考え方を進化させたのだと考えられる。仮にそうだとするならば,立法段階で国会議員に説明した内容を,後に行政庁が指針の策定を通じて上書きすることは三権分立の観点から妥当なのかといった論点が生じうるが,ここでは深入りしない。
いずれにせよ,現在の指針及び指針の解説を前提とする限り,指針のうち第4.2の「公益通報者の保護を保護する体制の整備」に関する部分は,第1号通報のみならず第2号通報や第3号通報にも適用されると解釈すべきことになる。
とはいえ,この指針第4.2の「公益通報者の保護を保護する体制の整備」に関する部分が必ずしも十分な検討を経ないまま性急に接ぎ木されたという事実が,次の【2】で述べるように,法令に歪な体系を持ち込む結果をもたらしている点は無視できない。そして,この歪な法令の構造こそが,斎藤知事らの対応の評価を難しいものにしている。
【2】適用法令等の確認
公益通報者保護法にいう「事業者」の中には地方公共団体も含まれるため,本件には,法第11条第2項が適用され,同条4項に基づいて策定された指針も適用される。
これらの法令に加えて,令和4年6月1日に消費者庁が発出した「公益通報者保護法を踏まえた地方公共団体の通報対応に関するガイドライン(内部の職員等からの通報)」(以下「地公体ガイドライン(内部通報)」という。)が存在していることに留意する必要がある。なぜなら,民間ガイドライン(内部通報)とは異なり,地公体ガイドライン(内部通報)は法第11条第4項に基づいて策定された指針には統合されなかったからである※4。
※4 公益通報者保護法の改正を審議した消費者委員会の公益通報者保護専門調査会は,平成30年12月の報告書は,「当該指針と,公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン等の各種ガイドライン,及び消費者庁で現在検討している認証制度との関係を分かりやすく整理すること」を求めた。これを受けて,消費者庁の公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会は,令和3年4月の報告書で,「指針の解説のうち,義務的事項である指針の解説を記載する部分については民間事業者向けガイドライン等の既存のガイドラインと性質が異なるものの,推奨される取組事項等を示す部分については既存のガイドラインと性質が共通するため,既存のガイドラインは指針の解説に統合するなど必要な整理をすること」を求めた。他方,国や地方公共団体向けのガイドラインについては改正の上で存続することとなり,地公体ガイドライン(内部通報)は,令和4年1月21日の公益通報関係省庁連絡会議で申し合わせによって改正された。
ただし,ここでも重要なのは,地公体ガイドライン(内部通報)はあくまでも「内部の職員等からの通報」を対象としている点である。ここにいう「内部の職員等」とは「法第2条第1項に定める役務提供先等への通報が内部通報となり得る者」と定義されていることから(1.(2)参照),本件のように第1号通報ではなく第3号通報が知事の知るところとなった事案には適用されない。
そのため,本件の場合には,地公体ガイドライン(内部通報)によって調査体制がルール化されている第1号通報とは異なり,調査の仕方に関するルールが欠落している(言い換えれば,第3号通報を受領した知事に調査の裁量権が与えられている)中で,指針のうち公益通報一般を対象とする部分(指針第4.2)のみが適用されるといった歪な構造になっている。
なお,指針第4.2は,公益通報であれば,第1号通報であると第2号通報であると第3号通報であるとを問わず適用されるが,そもそも公益通報に当たらない場合は適用対象外となることは言うまでもない。公益通報であるための要件は法第2条に定められているが,例えば,通報内容が「通報対象事実」(法第2条第3項)に当たらない場合や,通報者が不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的で通報している場合(法第2条第1項柱書)などには公益通報に当たらないため,指針第4.2は適用されず,仮に通報者を探索したとしても違法とはならない。
【3】通報者の探索の是非
以上のように,内部公益通報を対象とした体制整備(指針第3,第4.1及び3)を基本としながら,「通報者特定情報の範囲外共有」(公益通報者を特定させる事項を必要最小限の範囲を超えて共有する行為(指針第2)と「通報者の探索」を防止する措置だけを公益通報に対する共通規制とする法及び指針(指針第4.2)の仕組みは,建付けが悪く,法令の解釈・適用を難しくしている。
指針第4.2(2)は,「事業者の労働者及び役員等が,公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合を除いて,通報者の探索を行うことを防ぐための措置をとる」ことを義務付けているが(ロ),それと同時に,「事業者の労働者及び役員等が範囲外共有を行うことを防ぐための措置」をとることも義務付けている(イ)。後者の「範囲外共有」の防止については「やむを得ない場合を除く」といった例外は認められていない。
上記【2】で述べたように,本件通報が公益通報に当たらないのであれば指針第4.2(2)ロは適用されず,通報者の探索を行うことができる。この点については,「通報対象事実」の要件などのように,通報文書から客観的に判定可能なものもあるが,「通報者」の要件や「不正目的」の要件などは通報者が分からなければ判定できない。つまり,「通報者を探索しなければ,通報者の探索の適法性を判断できない」といった構造的矛盾が生じるわけである。この矛盾は,通報者の探索が例外的に許容される「公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合」といった要件の解釈に影響する。すなわち,こうした構造的矛盾を解決するためには,客観的資料から「公益通報」該当性について強い疑念が生じているにもかかわらず,それを判定する手段が通報者の探索以外に残されていないときは,通報者の探索を行うことが「やむを得ない場合」に当たると解するのが相当である。
本件とは異なり,地方公共団体に第1号通報がなされた場合には,指針第3並びに第4.1及び3に即して改正された地公体ガイドライン(内部通報)に基づく内部公益通報対応体制が整っているので,直ちにその仕組みを発動することになる。しかも,内部通報窓口に通報された場合には,通報内容の真実相当性は保護要件には含まれないため(法第3条第1号),通報者の探索の必要性は乏しい。したがって,範囲外共有や通報者の探索を防ぎながら内部通報対応体制を動かすことによって,「保護される第1号通報」かどうかを判断していくことは比較的容易である。もちろん,すでに述べたように客観的資料から「公益通報」該当性について強い疑念が生じているにもかかわらず,それを判定する手段が通報者の探索以外に残されていないときは,「やむを得ない場合」(第4.2(2)(ロ))として通報者の探索を行う可能性は残る。このように第1号通報を前提とする限り,法及び指針の運用はさほど難しいわけではない。すでに述べたように,法及び指針が想定していた対象が元々は第1号通報だった点にかかんがみれば,第1号通報に関する対応体制が制度的に整っているのは当然と言うことができる。
それに対し,通報者の意図した通報先でないにもかかわらず,事業者が第3号通報の存在を知った場合の調査方法については,指針第4.2以外には,法も指針もガイドラインも何ら定めを設けていないため,大部分が事業者の裁量に委ねられることになる。
通報者の意図した通知先でないにもかかわらず,事業者が第3号通報の存在を知るパターンは限定的である。1つは,3号通報先が何らかのアクション(例えば,通報を受けた雑誌社が第3号通報を受領したことを明らかにして記事を書く行動など)を起こした結果,事業者が第3号通報の存在を知るに至るパターン(以下「Aパターン」という。)である。ちなみに,第3号通報がきっかけであることをメディアが秘して記事化する場合には,事業者は第3号通報の存在を知らないままの状態なので,Aパターンには含まれない。もう1つは,第3号通報が行われたことが未だ公にされていない段階で,事業者が第三者から第3号通報の存在を知らされるパターン(以下「Bパターン」という。)である。本件がBパターンであったことは言うまでもない。
Aパターンの場合には,すでに通報内容が公になっているので,事業者のレピュテーション(評判)の低下はすでに現実化しており,調査を急ぐ必要性は低下している。なぜなら,仮に記事の内容に誤りがあったのであれば,公の場で反論すれば足りるからである。言い換えれば,第3号通報に関する調査自体は,じっくりと構えて行う時間的余裕が生まれていることになる。
それに対し,Bパターンの場合は,記事化されることに伴うレピュテーションの毀損が懸念されることから,調査を急ぐ必要性が認められる場合が多い。ただし,ここでも事例を分けて考える必要がある。1つ目は,第3号通報の内容が真実であり(あるいは真実相当性があり),不正な目的も存在しないことを事業者が承知しているパターン(以下「B-1パターン」という)である。例えば,すでに内部調査が済んでいたが,事業者の判断で外部への公表を差し控えていたところ,その対応に不満を感じた職員が雑誌社等に通報した事案などがこれに当たる。2つ目は,第3号通報の内容に真実相当性がなく,また不正の目的も疑われるパターン(以下「B-2パターン」という)である。例えば,新規プロジェクトのために契約を締結しようとしている直前に,そのプロジェクトに反対している職員が,根拠のない陰謀論を通報することで契約の破談を目論んでいるような事案である。これら2つのパターンは両極端なので,実際には,その間に様々な事案がグラデーションを描きながら存在している。したがって,対応の是非を評価する際には,どちらのパターンに近いかといった観点が重要となる。
B-1パターンの場合には,第3号通報の保護要件を満たすことを事業者が把握しているので,踏み込んだ調査は不要である。事業者は可能な限り慎重な調査を実施すべきであり,指針第4.2(2)ロにいう「公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合」には該当しないと解すべきである。したがって,このケースにおいて通報者の探索を行ったとすれば,それは指針第4.2(2)ロに違反したものと評価されることになる。
それに対し,B-2パターンの場合はどうだろうか。事業者としては,早急に,真実相当性の有無や不正目的の有無について調査を行った上で,通報者に更なる文書配布による反対運動を思いとどまらせたり,場合によっては不利益処分を行うことで反対運動の拡大を防止したりすることが必要となる。その際の調査方法については事業者の裁量に委ねられるものの,そうは言っても指針第4.2(2)だけは遵守しなければならない。そこでまず問題となるのが「通報者特定情報の範囲外共有」の防止である。仮に,第3号通報のみならず第1号通報も同時になされているのであれば,すでに内部公益通報対応体制が動いているので,それに任せることが必要になる。それに対し,第3号通報のみで第1号通報が行われていない場合には,第3号通報を知った者は,既存の内部公益通報対応体制を動かすことはできない。なぜなら,第3号通報を行った者は,既存の内部公益通報対応体制による調査に不信感を抱き,あえて通報していない可能性があるからである。同じ理由から,第3号通報を知った者が大量に職員を集めて特別な調査チームを発足させ大規模な周辺調査を実施することも,「範囲外共有」の防止の観点から望ましくない。したがって,B-2パターンの場合には,指針第4.2(2)ロにいう「公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合」に当たるとして少数の特命チームで通報者の探索を行い,可能な限り秘密裏に事を進めた方が望ましい場合が多いものと考えられる。これに加えて,すでに述べたように,客観的資料から「公益通報」該当性について強い疑念が生じているにもかかわらず,それを判定する手段が通報者の探索以外に残されていないときも,通報者の探索に踏み切る必要がある。
以上の点を踏まえて,本件における斎藤知事の対応を見てみると,B-2パターンの対応をしたことは明らかである。したがって,その当否は,本件通報をB-2パターンないしそれに近いパターンだと判断したことの当否,事案の緊急性の有無,他に取りうる手段の存否,通報者の探索方法の妥当性などを総合的に評価して判断すべきことになる。
上記Ⅵで詳述したように,本件通報が法第3条第3号に定める保護要件を満たすか否かの分かれ目は,通報事実⑥(補助金のキックバック問題)の真実相当性(通報者が裏付け証拠を有しているか)と,通報者に不正目的があったかどうかに絞られる。仮に前者の真実相当性が否定されても,公益通報であること自体は否定されないので,通報者の探索の適法性は「公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合」に当たるかどうかで決まることになる。他方で,後者の不正目的は「公益通報」該当性に関する要件なので,客観的資料から「公益通報」該当性について強い疑念が生じているにもかかわらず,それを判定する手段が通報者の探索以外に残されていないときは,通報者の探索が許されると解すべきである。
では,斎藤知事らによる通報者の探索は,はたして違法と断定できるのだろうか。斎藤知事らが,通報事実⑥(補助金のキックバック問題)に関し違法な行為を行っていたとの自覚を持ちながら,先手を打って通報者を処分しようとしていたのであれば,それは上記B-1パターンに該当する事例なので,通報者の探索は違法だったということになる。
それに対し,斎藤知事らが,通報事実⑥で指摘されている事柄が事実無根であるとの証拠を有していた場合には,話が違ってくるだろう。この場合には,通報者に対する不利益処分の可能性を視野に入れながら,通報者が真実だと信ずるに相当な証拠を有していたのか否か(真実相当性)を確認することが必要となる。ただし,「範囲外共有」防止の観点から,既存の内部公益通報対応制度を動かしたり,多くの職員を動員して大規模な周辺調査を実施したりすることは困難だったのであるから,少数の特命チームで通報者の探索を行う必要性があったと言わなければならない。つまり,本件は「公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合」に当たると整理できると考えられる。さらに,すでに上記Ⅵで明らかにしたように,本件文書には,明らかに「公益通報」に該当しない事柄が多数書き込まれていることや,「井戸嫌い,年長者嫌い,文化学術系嫌い」「タカリ体質」「おねだり体質」「知事の機嫌取り」などといった人格攻撃を意図する文言が含まれていることから,客観的にみて「公益通報」該当性について強い疑念が生じている事例だった。にもかかわらず,それを判定する手段が通報者の探索以外に残されていなかったのであるから,通報者の探索を行うことが「やむを得ない場合」(第4.2(2)(ロ))に当たると判断できる事案だったと考えられる。
【4】まとめ
以上のように考えるならば,「指針第4.2(2)は第3号通報にも適用される→斎藤知事らは通報者の探索を行った→したがって斎藤知事らの行為は違法である」という単純な三段論法によって斎藤知事らの行為を違法と断定するのは,かなり乱暴な認定だと言わなければならない。
すでに述べたように,本件のように通報者の意図した通報先でないにもかかわらず,事業者が第3号通報を知るところとなった場合の調査体制等の在り方については,法令等が明確な定めを設けていない。そのため,斎藤知事らは調査の方法等について幅広い裁量権を有していたのであるから,指針第4.2(2)ロの「公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合」に当たるか否かを判断する際も,その裁量的な調査のあり方との関係の中で評価される必要がある。
そこで,まずは利害状況を類型化した上で,それぞれのパターンごとに斎藤知事らが行うべきであった調査のあり方を検討し,かかる調査のあり方との相関関係の中で指針第4.2(2)ロの要件に当てはまるか否かを丁寧に吟味することが必要となる。
指針第4.2(2)ロが要求する通報者の探索の防止は,絶対的要請ではなく,「公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合」を除外している。本件が,上記B-1パターンよりは,はるかにB-2パターンに近かったことは明らかである。しかも,調査すべき点は,通報事実⑥(補助金のキックバック問題)の真実相当性(通報者が裏付け証拠を有しているか)と,通報者に不正目的があったかどうかに絞られていたのであり,これらはいずれも通報者を探索すれば容易に知り得る事柄であった。他方において,通報者は第1号通報を行わずに第3号通報のみを行っていたため,斎藤知事らは,「範囲外共有」を回避する必要性から,既存の内部公益通報対応体制に調査させたり、他の職員を大量に動員し特別な調査チームを作って大規模な周辺調査をさせたりすることができない状況にあった。こうした中で,通報事実⑥が事実無根だと認識している知事らが,県政のレピュテーションを大きく棄損させるリスクを前に,通報者の探索を行ったことは「やむを得ない(指針第4.2(2)ロ)」対応だったと考えられる。
また,本件文書を客観的に見た場合,そのほとんどが公益通報には該当しない事柄であると同時に,人格を攻撃するような文言が並んでいたのであるから,本件は,客観的資料から「公益通報」該当性について強い疑念が生じているケースだったと評価できる。しかも,それを判定する手段が通報者の探索以外に残されていなかったのであるから,こうした観点からも,通報者の探索を行ったことは「やむを得なかった(指針第4.2(2)ロ)」と言わざるを得ない。
以上の考察から明らかなように,本件において斎藤知事らが通報者の探索を行ったことについては,妥当性をめぐって評価が分かれる可能性があるとしても,違法であったとまでは断定できないというのが当職の結論である。
以 上